ちょっと変わったレコーディング

 そんなこの『birds fly』はちょっと変わったレコーディング方法で作られた。

 1927年にフランク・ロイドの弟子である遠藤信が設計した、西池袋にある自由学園明日館という重要文化財にもなっている施設の講堂で、ライヴ形式でレコーディングされたのだ。

自由学園明日館の講堂にてレコーディング

「自由学園明日館のようなスタジオじゃない場所で演奏して録音しようというのは、まずプロデューサーと話しているときに録音の過程を全部映像にして残そうというアイデアが先にあり、じゃあ場所を考えましょうと。もともとコロナ前に明日館でライヴをやろうという話があり、そんなご縁がつながった感じです」

 当初は即興的な要素が強いアルバムになるはずだった。

 坂本美雨は長年即興のライヴのシリーズをさまざまなコラボレーターと続けてきた。平井真美子とも同様だ。

「そう、真美子ちゃんとふたりでライヴをやるときはけっこう即興の要素が大きいんです。それがとっても気持ち良かったし、毎回、解放される体験でした。そういった即興的な音にしようと最初から思ってました」

 即興を生かすために、事前のリハーサルなどはほぼ行われなかった。

「真美子ちゃんとは『shining girl』や『gantan(birth)』という彼女の曲に私が詞とメロディをつけるために事前に何度か会って作業をしたけれど、青弦を含めた三人で音合わせというのはほぼ一日だけでした。明日館と微妙に空間や広さが似ているお寺の講堂を借りて、私たちの音合わせと音響も映像収録も合わせたプリプロを一日だけやったんです。ここで青弦が入ってくれて曲を最後にびしっと締めてくれるようなところがあった。それによって即興要素が当初予定していたよりは少なくなったけど、結果的にそれはよかったと思います。合間あいまにスキャット部分などの即興はあるけど、思った以上に歌もののアルバムとして固まりました」

 そう、このアルバムのレコーディングは音楽アルバムとしてのみならず、映像作品としても同時収録されている。この映像はアルバムの限定盤にブルーレイ・ディスクとして付属するほか、apple musicでストリーム配信もされている。

 

精神統一というか瞑想

「レコーディング中に映像も収録されているのは、精神統一というか瞑想というか、いっさい気にしないようにしていました。あと、綺麗に映ろうとか、うまくやろうとかも思わない。全部素のままを映してもらおうと。そうじゃないと今回の作品は成り立たない。信頼するクリエイティヴ・チームだったし、裸になっても大丈夫という気持ちで、映像収録は完全にまかせて、自分は歌に集中。今回、メイクや衣装、写真についても完全におまかせ。ヘアをどうするか、どの角度の写真を撮るかなど、各アーティストたちが柔軟に考えて動いてくれました。なので、映像にはところどころでスタッフの人が映り込んでいるんですけど、それがいい。全員が音に反応して、その場その場で考えてやっているという様子も映してほしかったんです」

このレコーディングはダビングもアフレコもなしの一発録りだった。1曲につき2~3テイクを録音し、その中からベストのものを選んだ。当然、2~3テイクのよい部分を編集でつなげるということもしていない。

「朝の9時にみんなが集合して、メイクとかいろいろやって、12時ぐらいに録り始めて、合間にセット・チェンジや30分くらいの食事休憩はあったけど、夜の9時までレコーディングが続きました。みんな緊張感を切らせずにがんばってくれた。すごいことだと思います。1回やって、聞き直して、よしもう1回! というのを繰り返しました。なにしろ誰かがくしゃみをしたらその音も入ってしまうわけだし、みんなよく集中して頑張ってくれました。花粉症の季節だったのに(笑)」