長く残っていく音楽
もともと、次のアルバムは内省的なものにしたいという気持ちがあり、プロデューサーとの話し合いでは「長く残っていく音楽」にしてほしいという要望があった。
「娘が生まれてその成長の過程を見るなかで、自分の記憶から引き出されたもの、思い出したことがあったんです。それを見つめることで自分も生き直すという感覚があり、ああ、いまになってもまだこういう気持ちが出てくるんだなと。こういう自分の中のいろいろな気持ちや感情を成仏させなきゃいけないなあと(笑)」
坂本美雨は周知のとおり両親が多忙を極める音楽家で、シッターに預けられて両親が海外ツアーに出てしまうことも。 自身を探っていく中で、両親のことは誇りに思っていたけれども、本当はもっと「可愛い」「好きだ」と声をかけてもらいたかったという気持ちにも気づいたという。
「そういう小さい頃から抱いてきたさみしい気持ちを隠さずに見せ合える人と一緒に今回のアルバムを作りたかったんです」
なまこちゃんとの暮らしから、幼少期の自分が透けて見え、それに対峙せざるを得なかったのだろう。
「自分の内にいる小さな女の子というのがアルバムのテーマとしてある。インナーチャイルドみたいな魂の核のぷるぷるしているところにいる、混じり気のない気持ちで、素直にこういうふうに生きたいと言える子供。自分の内にいたそういう女の子を大人になるに連れて忘れていたのだけど、娘の成長を見ているうちに思い出したんです。自分の内にいるその女の子を輝かせたい。そういう思いがこのアルバムにはあります」
一枚の写真から生まれたアルバム
アルバム収録曲の「shining girl」はまさにそうした気持ちが実った曲だ。
「この曲はもともと真美子ちゃんのアルバムに入っている曲に私が歌メロと歌詞をつけたもの。 “gantan(birth)”は真美子ちゃんがインスタに上げていた曲から発展させました。真美子ちゃんは自分のインスタに日々のピアノのスケッチをあげていて、おととしの元旦にあげられた曲がすごくよかった。これはふたりの曲にしようよと言って、メロディと詞をつけたもの」
アルバムのタイトル曲であり冒頭の「bird fly」は、一枚の写真からインスピレーションを受けてできあがった。
「友人(前康輔)が撮った鳥が飛んでいる写真(アルバムのジャケット裏に掲載)を見たときは、ちょうど緊急事態宣言に入ったときで、この写真を見た瞬間に心が解放されて詞も曲も一緒に降りてきた。それをこねくりまわさずにそのまままっすぐ曲にしたんですけど、これは重要な曲になるなっていう予感もしました。この曲ができて、これを軸に、ここ数年思い描いていた個人的で親密なアルバムに向かっていけるかもという予感が生まれたんです。『hoshi no sumika』などのそれ以前にできていた曲もあったけど、実質これがはじまりの曲かな。ここからアルバムがはじまっていったんです。なのでこれ以外にアルバム・タイトルを思いつかなった。」
そしてアルバムの最後を飾っているのは「for IO」。とても静かな追悼の曲だ。
「これはイオちゃんという歌手で作家の猫沢エミさんの飼い猫のことを歌っています。このアルバムの準備をしているときにガンで亡くなってしまった。その鎮魂歌。ガンということがわかってから、亡くなるまでの日々をエミさんがインスタにアップしていて、エミさんの命との向き合い方、というよりも愛し方かな。そこにとっても共感したし、憧れたし、こういう愛を私も知りたいと思ったんです。もうすぐなくなるというときに連絡をもらって、私が遠隔の音楽葬のつもりで歌いました。エミさんもネットの向こう側でそれを聞いてくれたんですが、その曲を発展させたもの。イオちゃんはどこか不思議な猫で通じ合うものがあった。本当に大きな愛を教えてくれた存在だった」