決して現実を歪めることなく、徹頭徹尾フェアな視点で社会の分断をあぶり出す、日本では数少ない若手ノンフィクションライターのひとり、石戸諭さん。彼の孤独な戦いを支える意志の力と、装いの流儀とは? 前編はそのファッション哲学を中心に紐解いていく。

写真・文/山下英介

緊急事態宣言が再延長された3月半ばに取材。プロフィールはインタビューの最後を参照

ザ・コレクターズが流れるテーラーで

「いやー、もうやってらんないっすよ」。

 店内に入ってくるや否や、政府が発令した緊急事態宣言延長について愚痴りだす、石戸諭さん。『ニューズウィーク日本版』などでヒット記事を連発し、著作や構成に関わった書籍は軒並み好セールス。今最も〝世間に届く〟記事をものにしている、ノンフィクションライターである。

 近頃はフジテレビの『Mr.サンデー』をはじめ、TVの情報番組などを通じてその姿を見かけることも多くなったが、否が応でも気になってしまうのが、そのファッション。モッズのような細身のスーツや、いい感じにやれた〝ルイスレザー〟のライダース、〝コム・デ・ギャルソン〟と思しきジャケットなど、明らかに主張が強い。それも音楽からの影響が、濃厚に伺えるタイプである。「この人はいったいナニモノなんだ……?」

 そんな疑問を抱いていたところ、石戸さんが行きつけにしているテーラーが、筆者も取材したことのある外苑前の「LOUD GARDEN」であったことが判明。店主の岡田亮二さんにお願いして、紹介していただくことになったというわけだ。ちなみに「LOUD GARDEN」とは、英国ファッションと音楽、そしてアメリカンプロレスをこよなく愛する、岡田さんの趣味が爆発したテーラー。その顧客もかなりのクセモノぞろいであることは、申し添えておきたい。

石戸さんが行きつけにしている外苑前の「LOUD GARDEN」。ファッションとロックが融合し、プロレスの隠し味を少々効かせたカオスな空間には、ビジネスマンからミュージシャンまで、職業を問わずこだわりの強い顧客が集う
住所/東京都港区南青山4-1-3  TEL03-6438-9563

 「ちょっと用事を済ませていいですか?」と筆者に断って、ドレスシャツのオーダーをはじめる石戸さん。手慣れた手つきで生地見本をめくり、「〝トーマス・メイソン〟でこの柄、珍しくないですか?」「この柄とこの柄でクレリックにできますか?」などと相談しながら、注文を進めていく石戸さん。昨今の社会情勢に対する愚痴から、ふたりとも大ファンだという佐野元春のライブの話まで、そのコミュニケーションはあらぬ方向に〝スウィング〟していくのだが、それに伴って注文するシャツのイメージも、どんどんエキサイティングな方向に転がっていく。まるで落語の「熊さん八つぁん」の世界を彷彿させるふたりのやり取りは、傍目に見ていてもとても楽しそうだ。

 

装いのベースはモッズとギャルソン!

──世間話をしながらシャツを注文していく様子は、まさにBE SPOKEN=ビスポークの正しき姿って感じですね!

石戸:緊急事態宣言が発令されてから、たまに顔を出してはバシッとぼやいて帰ります(笑)。こんなご時世はやってらんない、ということをみんな言わないといけないぞって。

──店主の岡田さんは、「パンク」と評していましたが、石戸さんのファッションのルーツはどこにあるんですか?

石戸:もともと母親が音楽好きで、家の中にはザ・ブルーハーツや忌野清志郎のCDがたくさん転がっているような環境で生まれ育ったのですが、ファッション的には、中学生時代に出会ったミッシェル・ガン・エレファントの影響が強いと思います。なんだ、このカッコいいスーツは?と。そこから彼らもルーツにしていた、モッズを中心にしたイギリスのファッションにハマって、「洋服の並木」でもオーダーしたことがあります。

 学生時代はちょうどロックンロール・リバイバルと呼ばれた時期で、ザ・ストロークス、ザ・ホワイトストライプス、ザ・リバティーンズといったバンドが出てきて、彼らのファッションもすごくカッコよかった。音楽とファッションとの結びつきも強く、エディ・スリマン時代の〝ディオール・オム〟、宮下貴裕さんの〝ナンバーナイン〟といったロック色の強いブランドが最先端でしたね。ここで、価値観が決まりました。

 いろいろな服を着てきましたが、2013年頃からは、クラシック系の服は「LOUD GARDEN」と決めていて、テレビに出るときは、だいたいここの服です。

英国製の生地を使ったジャケットとベスト、ハート柄をあしらったシャツとタイは「LOUD GARDEN」でオーダー。ジーンズは岡山発のブランド〝ピュアブルージャパン〟のもので、スリムシルエットながらコットン100%という、最近ではあまり見ないタイプ。シューズは東京・恵比寿にショップを構える〝ショセ〟。どれも日本のブランドだが、英国のモッズテイストが濃厚に漂うスタイルだ。石戸さん曰く、「20年間ほとんど変わらない趣味」だという

──日本のモッズミュージシャンたちの聖地と言われた「並木」ですか! たしかに「LOUD GARDEN」のスタイルは、その系譜にあるかもしれませんね。でも石戸さんの場合、テーラードだけじゃなくて、〝コム・デ・ギャルソン〟もよく着ていますよね?

石戸:社会人になったときのひとつの目標が、自分が稼いだお金で、堂々と〝コム・デ・ギャルソン〟を着ることでした。〝コム・デ・ギャルソン〟の服って、結局アートじゃなくて、あくまで服として着るためにできている実用的なものなんです。特にメンズのオム・プリュスは、テーラードに対する深い敬意や憧憬が感じられます。それでいて売れ線に逃げずに、ギリギリの線を攻める。そこがすごく好きです。ビジネスとクリエーションを高いレベルで両立させつつ、シーンに対して圧倒的な影響力を持ち続けてきた川久保玲さんは、並大抵の人ではありません。いつか彼女のノンフィクションを書いてみたいですね。僕は、それができる最後の世代だとも思いますし。

──ビスポークスーツと〝コム・デ・ギャルソン〟とでは、着ているときの気分はまた違うんですか?

石戸:よく考えると、近いところがあるかもしれません。岡田さんがつくる服って、クラシックの枠をキープしながらも、相当踏み込んだこともできる。僕のアイデアを取り入れながら、僕の存在感を際立たせてくれる、完全に自分だけの一着になっているわけです。それに対して〝コム・デ・ギャルソン〟は既製服ですが、周囲とかぶることもないですし、好きなものを着ている、という高揚感を得ることができます。どちらも自分の表現になるし、出るところに出られる、勝負服ですね。

主に英国製の生地を好むという石戸さん。この日は〝トーマス・メイソン〟のブラックウォッチ柄と、ブラックの小紋柄を組み合わせたシャツをオーダーしていた

──なるほど、表現主体ですか! そういえば〝ルイスレザー〟のダブルのライダースジャケットを着ていたのも印象に残っています。

石戸:あれも川久保玲さんの影響です。学生時代からライダースは好きでよく着ていたのですが、黒のダブルブレストには、敷居の高さを感じていて。でも会社をやめて独立した記念に、思い切って買ったんです。

──本当にお好きなんですね!

石戸:もう道楽です(笑)。シンプルに好き。

 

ファッションは取材の第一歩

ターンナップさせたジャケットの袖口には、バイカラーのナットボタンが6つもあしらわれている。こんな濃厚なディテールを注文できるのも、ビスポークならでは。時計は〝シチズン〟の『カンパノラ』を愛用

──ご自身の生活のなかで、ファッションはどんな意味をもっていますか? 癒しの存在?

石戸:癒しというより、取材に出かけるときに何を着て行こうかと考えるところから僕の取材は始まります。取材の第一歩なんです。取材相手のこともちゃんと調べますし、本を読んだり、過去の発言をチェックしたりすることは当然ですが、革ジャンを着ようか、それともジャケットにするか、それにどんなシャツやタイを合わせようか、その人の好きなものを着て行こうか……と考えながらその日のイメージを膨らませていきます。それが会話の糸口にもなったりしますから。

──会話の糸口!

石戸:以前、ある大物作家さんをインタビューしたのですが、僕は〝コム・デ・ギャルソン〟のカーディガンを着て行ったんです。そこで、ご本人が着用していたのが〝サカイ〟のワンピースで「すごい似合ってますね」と、「あら、ちゃんとわかっているのね」みたいな感じで、そこから話が弾んだこともありました。こういうのが大事なのです。

──いわゆる〝お堅い〟取材のときは、どんなファッションで臨むんですか?

石戸:今日ほどは砕けないですね。新聞社時代は、ネイビージャケットにグレーのスラックス、というスタイルが多かったです。今は、ジャケットとシャツにタイドアップで、下はデニムだったり、セットアップのスラックスだったり、その時々で変えます。

 お堅いといえば、政治家を取材することもありますが、与野党の差を感じますね。僕は自民党支持というわけではないのですが、自民党のそこそこの地位にいる人って、菅さんは除きますが、麻生さんや安倍さんのように、スーツの着方をかなり知っていると思いますね。明らかにラグジュアリーで、見る人が見ればこれは、というものを着ています。

 それに対して、野党の政治家は本当にちゃんとしていない人が多い。変にヤンキーっぽかったり、すごく残念なボタンダウンシャツを着ていたりして。それもわざととか、狙っているとかでもなく、ただわかっていないだけなんですね。何を着ようが自由だけれど、出るところに出れば、ただ単にセンスがないと思われるでしょう。びしっとスーツを着こなす政治家が、野党から出てきてほしいです。

「LOUD GARADEN」店主の岡田亮二さんは、顧客としての石戸諭さんについて、このように語る。「石戸さんは音楽とファッション好きのお客様で、強いこだわりをお持ちです。でもそのこだわりは〝◯◯流〟的なものではなく、もっと自由なもの。だからうちのように、なんでも対応できるテーラーがハマるんじゃないでしょうか? あと石戸さんはパンクな方で、緊急事態宣言には怒っておられましたね。私が職業柄声高には言えないようなことを、はっきりと言ってくださる。だからいつも勇気をもらっています(笑)」

──石戸さんのスタイルに食いついたりもしない、と。

石戸:上から目線で言うわけじゃありませんが、そこから話を転がせるような人だったら面白いのですが、ぜんぜん食いついてきません。そういう意味では、政治家は面白くないですね。逆にクリエイティブな職業の人たち、職人気質の方、それにビジネスで活躍している方々にはすごく興味を持たれます。そうなると、こちらとしてはしめしめ、という感じです。

 

行きつけの店=文化を守れ

──洋服はどちらで買われることが多いんですか?

石戸:「LOUD GARDEN」以外だと、「ドーバーストリートマーケット」ですね。自宅から近いですし、なにより銀座という街が好きなので。新しいコレクションはひと通りチェックしますが、とはいってもあっちこっちに行くタイプではなくて、一度決めたら同じものばかりを着るんです。

 今日はいているジーンズは、毎日新聞の岡山支局に勤めていた頃に出合った岡山産デニムから〝ピュアブルージャパン〟というブランドのもの。僕が理想とする細身のシルエットながら、ストレッチ素材が入っていないデニムで色落ちもいい、というのがポイントです。靴は〝ショセ〟。メガネは「白山眼鏡店」。靴下は〝アヤメ〟。そんなふうに、自分にとっての定番をみつけたら、基本的には軸をブラさず、買い足していくタイプです。ちゃんとつくるものを理解したいですし、そこから趣味が深まっていくほうが楽しいですから。

──日本のブランドが多いんですね。

石戸:自分が働いていた岡山県のデニムなど、産地を応援する、という意味合いもありますね。〝コム・デ・ギャルソン〟以外でいうと、〝NUDE:MM〟というブランドも好きなのですが、ここは「やまなみ工房」という福祉施設とコラボレートして、障害者アートをモチーフにしたコレクションをつくっているんです。昔はそういった服って、デザインやクオリティに問題のあるものが多かったのですが、ここの服はモードブランドとしてちゃんと成立していて、海外でも売れている。〝NUDE:MM〟とも取材を通じて知り合って、もう長い付き合いですね。

本人は「ただ好きなだけ」というが、彼の装いやモノ選びからは、自身の愛する文化を応援し支えようという、強い意志が伺える

──石戸さんの目から見て、今のファッション界ってどのように感じられますか?

石戸:もっと面白くなってほしいですよ。不況で大変なのは仕方ありませんが、僕のようにファッションが好きな人、必要としている人がいる。そういう人たちが面白がれるようなものを、もっとつくり続けてほしい。僕にとってはそれが岡田さんのお店だったりするのですが、なくなってもらっちゃ困るんだよ!と強く言いたいですね。

──だからこそ、政府による緊急事態宣言に関して怒っていらっしゃったわけですね。

石戸:人出が減ったことで影響を受けているのは飲食店だけでなく、アパレルも同じです。街からお店がなくなるということは、ひとつの文化が消えるということです。あらゆる文化は一度なくなったら、もう二度と手に入らないんです。たとえ何らかの形でアーカイブとして復活したとしても、それはもう別のもの。好きな洋服をつくっているところがなくなるというのは、自分の「足場」がなくなるのと同じことなんですよ。

後編に続く

                                           

PROFILE
いしど・さとる(ノンフィクションライター)

1984年生まれ。毎日新聞社、BuzzFeed Japanを経て、2018年にフリーランスのノンフィクションライターとして独立。「サンデー毎日」「ニューズウィーク日本版」「文藝春秋」などの媒体で執筆するとともに、著書『ルポ 百田尚樹現象 愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)や、構成を手がけた『ゲンロン戦記 「知の観客」をつくる』(中公新書ラクレ)をヒットさせる。2021年より、動画配信プラットフォーム「シラス」にて、ニュースの未来を語る番組を開設。