写真・文=山下英介

昔ながらの暮らしが息づく街、ジャイプールのマーケットにて

ファッション業界がインドに注目する理由

 最近、ファッション業界では「インドがアツい」ようだ。

 イングランドの靴メーカー〝グレンソン〟のように、この地にファクトリーを移転する老舗企業は年々増加。また、ピッティウォモに出展する新興アパレルメーカーでも、オランダの高級ドレスシャツブランド〝100 HANDS〟を筆頭に、インドのものづくりを背景にスタートするところが多くなった。なんと最近では、スコットランドの伝統的なニットメーカー〝インバーアラン〟も、手編みのニットに関してはインドに工房を移転。すごい時代になったものだ。

シンガポールの人気テーラー&ファッションブランド〝Kevin Seah〟が今季つくった、既製のオープンカラーシャツ。手彫りの木版を使い、生地に一点一点インクを押し当てて染めていく、インドの伝統工芸「ブロックプリント」によってつくられている。日本ではONLINE SHOP「アフターアワーズ」で購入可能
https://ahours.jp

 その理由はいくつもある。圧倒的な物価の安さ。長年英国の植民地だったことによる生産インフラの充実。そして今もなお息づく手仕事の文化……。英語も通じるし、欧米の企業がものづくりの拠点を置くには、とても都合のよい国なのである。しかもここ数年では、単なる下請けとしてだけではなく、よりモダンにアップデートしたインドのクラフツマンシップを、自ら発信するメーカーも増えてきた。世界中のコレクターたちの間で凄まじい人気を集めるミッドセンチュリー家具〝ピエール・ジャンヌレ〟のリプロダクト製品をつくっているブランド〝ファントムハンズ〟は、その代表である。

 そこで2019年12月に、僕はこの国のものづくりを探るべく、長年の宿願だったインド旅行に出かけた。これから2回に分けて、その現状をお伝えしようと思う。

 

ものづくりの街、ジャイプール

インドを代表する観光地、ジャイプール。「ピンクシティ」と呼ばれる美しい街並みと、卓越したインドの手工芸品がこの街の見ものである。治安もよく、デリーなどと較べると人々の気性は穏やかなので、インド初心者にもおすすめしたい

 広大なインド大陸のなかで、今回僕が旅先に選んだのは北西部のラジャスタン州。州都ジャイプールを中心としたここは〝民芸の宝庫〟と呼ばれ、更紗(文様染のコットン製品)や紙類、宝飾品の加工などを名産とする、インドのクラフツマンシップを語るには欠かせないエリアである。

 凄まじい排気ガスと公害級のクラクション、そして道中に転がっている牛の糞に閉口しながら歩くジャイプールの風景は、人々の生活とものづくりが一体となった、とても刺激的でいてどこか懐かしいものだった。

日本人には考えられない光景だが、インドでは青空床屋も多い。さすがに僕はヒゲを剃ってもらう気にはなれなかったが

 一杯10円のチャイをつくるひと。晩ご飯のおかずを揚げるひと。鍋などの金属類を加工するひと。洋服を縫うひと……。ここでは生活に必要なすべてのものがいまだにひとの手で、この土地の素材をつかって、しかも道端でつくられている。その混沌ぶりは較べものにならないが、きっと昭和30年代くらいの日本の下町も、こういった風景だったのだろうな、と想像させられる。

本格的な店舗から屋台まで、この国ではいまだにテーラー文化が盛ん。生地屋で木綿地を買ってテーラーに持ち込むと、数時間で民族衣装のシャツやパンツをつくってもらえる。加工賃は数百円だ

 もちろんその背景には、僕のような旅行者の目にもあからさまに入ってくるほどの巨大な貧困が存在するわけで、安易に美化をするわけにはいかない。この国に住む多くの人々は貧しく、庶民にとってはマクドナルドやユニクロなんて憧れの高級品なのだから。

灼熱のインドでは、おかずもお菓子も保存のきく揚げ物が多い。こちらは小麦粉を練ってちぎったものを油で揚げる屋台

 しかし極限までシンプルな彼らの生活は、グローバル化による社会の歪みにたった今直面している僕たちにとって、どこか贅沢さを感じさせることはまた事実。便利な生活に慣れきった日本人の戯言と笑われるかもしれないが、学ぶべきところはきっとあるような気がするのだ。

こちらは日本でもおなじみのラッシーの屋台。とても簡素な焼き物のカップで提供されるのだが、これは飲み終わったらそのまま土に還される。この昔ながらのスタイルは、プラスチックごみが社会問題化している現代においては、最先端のサステナビリティでもある