写真・文=山下英介
よみがえる、シチリアの記憶
クローゼットや写真の整理をしたり、旧い映画を観たり、過去の思い出に浸る時間が増えた今日この頃。先日、買い物に行く際にたまたま手に取ったハンチング帽……いや「コッポラ帽」も、最高に楽しかった旅の記憶を呼び覚ます、格好のトリガーになってしまった。
「シチリアのみんなは、元気かな?」
僕がはじめてシチリアを旅したのは2014年の冬。この地にルーツをもつブランド〝ドルチェ&ガッバーナ〟をテーマに、現地の素人をモデルに使った、ファッション撮影でのことだった。都市国家であるイタリアは地域ごとの個性が非常に強いのだが、その中でもシチリアは、アラブから影響を受けた固有の文化を色濃く残しており、全く違う国のように思えた。しかもこの国の人々は、口をそろえて「俺はイタリア人じゃなくてシチリア人だ」と断言するところが面白い。なんでもシチリア人は、ほかのイタリアの人々と較べても、若干無愛想ながら〝情が深い〟らしい。取材においてそういったシチリア人気質を実感するアクシデントをいくつか体験したこともあって、すっかり僕はこの島に惚れ込んでしまった。
アラブの影響を受けた独自の文化
2018年夏、そんなシチリアを再び旅する機会に恵まれた。今回はプライベートのひとり旅ゆえ、誰にも気を使うことなく、朝から晩までひたすら州都パレルモの街を歩き回った。この街の面白さは、アラブ、フランス、スペインなど様々な文化が融合することによって生まれた、エキゾチックな趣にある。エレガントなバロック装飾の建物が居並ぶ路地の裏手に、突如として猥雑なアラブ流マーケットが現れるような無秩序な街並みが、実に生々しくて色っぽいのだ。いわゆる世界的なビッグチェーン店はさほど多くなく、人々の営みの中心はいまだに個人商店。そんなところもこの街を気に入った理由のひとつだ。
食文化においても、パレルモはほかのイタリアの都市とは、だいぶ趣が異なっている。太陽の恵みを受けた農産物は驚くほど味が濃いし、特産品のマグロに代表される新鮮な魚介類はナポリ人も舌を巻く美味さ。アラブの影響を受けたストリートグルメや激甘な菓子類は好き嫌いが分かれそうだが、個人的には大好きだ。かつてゲーテが「シチリアなしのイタリアなんて、なんの心象も残さない」と謳ったほどに豊かなこの土地が、なぜ南イタリアにおける貧しさの象徴となっていたのか、不思議に思ってしまう。
シチリアのファッション事情
そんなシチリアでも、ファションカルチャーにおいては、すでにグローバリゼーションの潮流に呑み込まれている。当たり前のことかもしれないが、若者たちはみんなプリントTシャツにジーンズといったカジュアルスタイルで、『山猫』や『ニューシネマパラダイス』といった、昔の映画に出てくるようなクラシックな紳士を見かけることはほとんどない。しかしおじいさんたちの装い、それも頭のてっぺんからは、まだまだシチリアらしさを垣間見ることができる。彼らはみんな「コッポラ(Coopola)」と呼ばれる帽子をかぶっているのだ。
「コッポラ」という名前の響きこそ印象的だが、決して特別なものではなく、いわゆるハンチング帽のことだ。もともとはイギリスの貴族たちが狩猟の際にかぶっていたこの帽子が、20世紀以降にシチリア島に伝わり、安価につくれることもあって、庶民の間で広まったという。なぜ「コッポラ」と呼ばれるかはわからないが、一説によると「キャップ」が訛ったともいわれている。
そういえば映画『ゴッドファーザーPart2』で、シチリア潜伏中のアル・パチーノがかぶっていたのもコッポラ帽であるが、監督のフランソワ・フォード・コッポラ氏とは無関係。つくりこそイギリスのハンチングと大差はないが、無地のダークカラーや、帽体とつばが離れたタイプなどに、シチリアの土着性を感じられる。
正直いって非常に田舎っぽい帽子なのだが、面白いことにコッポラ帽は〝ドルチェ&ガッバーナ〟や〝ジョルジオ アルマーニ〟といった、イタリアをルーツにもつラグジュアリーブランドのジャケットスタイルとは、非常に相性がよい。イタリアンファッションの根底に潜む要素が、共鳴するのだろう。