写真・文=山下英介
世界でひとつだけのカメラバッグ
このバッグを使っていると、老若男女問わずとにかくまわりから褒められる。自分で言うのもなんだが、ほかのバッグとは放っているオーラの質が違うようだ。それもそのはず、こいつはそこらのブランドものではなく、専門店でオーダーしたビスポークバッグ。それも〝ライカ〟を入れるためにつくった、カメラバッグなのである!
これをつくったきっかけは、5年ほど前に〝ライカ〟のデジタルカメラを購入してから、自分のライフスタイルが変わったこと。カメラを収納するためのバッグが必要になり、ブランドものからプロ仕様に至るまで買い漁ったのだが、僕がほしかった「オールレザーのクラシック系」、しかも「〝ライカ〟に見合うクオリティ」という条件を満たしたモノは皆無。どうしても手に入れたいなら、注文するしかなかったのだ。
とはいえ、日本中を探しても今や「フルオーダーを手がける鞄店」はかなり稀少な存在。さらに自分が納得できるクオリティというフィルターを通すと、おそらく選択肢は5軒程度に絞られるのではないか?
日本有数のビスポークバッグ店〝オルタス〟
その中から僕が選んだのが、以前から業界ではその名を知られていた、〝オルタス〟。銀座一丁目にショップ兼工房を構える、ビスポークバッグの名店である。フィレンツェのテーラー〝リベラーノ&リベラーノ〟や、香港とニューヨークのセレクトショップ〝アーモリー〟といった、海外の一流店にも認められていること。そして職人の小松直幸さんが僕と同世代で親近感を覚えていたことも、このお店を選んだ理由だったと思う。カメラバッグづくりの経験はそう多くないとのことだったが、快く引き請けてくれた。
スーツや靴と較べると、「ビスポークバッグ」に敷居の高さを感じてしまうのは、デザインの幅が広すぎて「定型」というものが存在しないからだろう。しかし〝オルタス〟のショールームには、いろいろなデザインのサンプルが揃っており、イメージがしやすい。しかも、どれもセンスがいいから信用できるってものだ。
実は小松さんは、もともとファッション系の専門学校を卒業したのち、有名なコレクションブランドを経てこの世界に入った変わり種。お洒落なのは当たり前である。その後彼は日本を代表するバッグ職人、藤井幸弘さんのもとで8年修行を積んだうえで独立を果たすのだが、なんと入門の前にはタンナー(なめし工場)に入社して、革づくりの現場で経験を積んだという。ファッション、革、縫製という、バッグづくりに必要な全ての要素を知り尽くした職人なのだ。
どんなに時間が経っても美しいバッグのために
当たり前だが、そんな小松さんの腕は超一流。僕が訪問した時はちょうど革小物を縫っていたのだが、とにかくそのピッチは繊細だった。というか、これって手縫いだったのか……。あまりに縫い目がきれいだから今までミシン縫いかと思っていたのだが、「オルタス」の工房にミシンはない。つまりその製品はすべて手縫いなのである!
おそらく同業者の目から見れば明らかにすごい技術なのだと思うが、それを事もなげにスピーディにこなしてしまうのが、小松さんのすごさ。しかし意外なことに彼は、バッグづくりで一番難しい工程は縫製ではなく、パーツどうしを貼り合わせる「接着」の工程だと語る。
「革にクセをつけて曲げながら貼ったり、芯地としてなにを貼るか考えたり、とても神経を使う作業です。変なシワがついたりして、失敗することもいまだにありますし。ただ形にするだけなら簡単ですが、鞄は10年後、20年後の姿を想像しながらつくらなくてはいけませんからね」