時間が経っても美しいバッグをつくるために、小松さんはどこまでもこだわり抜く。その姿勢は金具ひとつにまで及んでおり、なんと自分でシルバーや真鍮を加工して、ハンドルの留め具や蝶番のパーツをいちからつくってしまうというから驚きである。そりゃあ、ほかとは違うバッグができるわけだ。

シルバーや真鍮といった金属パーツまでオリジナルでつくれる鞄職人は、ほぼ皆無。師匠ゆずりの技術である

オーダーバッグの「仮縫い」とは?

 さて、僕のカメラバッグに話を戻すが、打ち合わせのうえで、使用するレザーにはブラウンのボックスカーフをチョイスした。いわゆるクローム(鉱物系)なめしの仔牛革である。きめ細かな光沢とシボ感を特徴とするこのレザーは、今や〝エルメス〟を代表とするメゾンブランドでも、バッグ大のサイズとなるとそう見かけなくなっている貴重品。上質な原皮がどんどん少なくなりつつある昨今の状況を考えると、なるべく早めに入手しておいたほうがよいと思われる。小松さんにとっても「つくりが悪いとすぐに安っぽく見えてしまう」、やりがいのあるレザーだという。

こちらは筆者が選んだものと同じ、フランスの「アノネイ」社のボックスカーフでつくったブリーフケース。パーツはすべてオリジナルのシルバー製で、その風格は圧倒的!

 「デザインはカメラ本体と交換用レンズが1本程度入るミニショルダー」、「内部にはクッション性の高いインナーケースがほしい」といったこちらの要望をもとに図面を起こしてもらい、コンセンサスをとったのちに製作がスタートした。

 注文からしばらく経ったら、スーツや靴と同じように、「仮縫い」の工程がスタート。革の表面(銀面)を削いだあとの二層目の革=「床革」を使って組み立てたサンプルで、サイズ感や全体の雰囲気をチェックしていく。小松さんがつくったサンプルは精度が高すぎて、この状態で購入したくなるほどに格好いい。

こちらが仮縫い用に床革でつくったダレスバッグ。当たり前だが仮縫いが終わった後には不要になってしまう

納期3年〜は長いか? 短いか?

 その後さらに時を経て、ようやく納品されたのが、冒頭で紹介した僕のカメラバッグである。なんと注文から3年ほどかかっている。今や世界中の顧客に支持される〝オルタス〟のバッグは、そう簡単には手に入らないのだ。

 この期間を長いと見るか、短いと見るかはあなた次第だが、個人的な実感でいうとそう長くは思わなかったし、「待つ価値はアリ」である。デザインからサイズ感、ストラップの長さにいたるまで自分の好みが反映されたビスポークバッグは、使っていて「違和感」が全くない。あっという間に自分の生活に溶け込むのだ。

右が筆者の仮縫い用につくられたバッグで、左が完成品。ご覧のとおりかなり精度が高いので、安心して完成品を待つことができる

 ちなみに、すべて手縫いで仕上げる小松さんのバッグは、月3〜4個しかつくれない。それでいてオーダー価格は時価で約23万円〜(僕のカメラバッグは約40万円程度)。ときどき大手メーカーから量産やデザイン提供の依頼も来るらしいが、すべて断って総手縫いのバッグや革小物製作だけを貫いている。

 「お金持ちになりたいとか、会社を大きくしたいなんて、全く考えていません。できる限りいいものを残すことが、僕の生き方なんです」と語る小松さん。ちょっとでも想像すれば、このバッグの価値はおわかりいただけるだろう。

型紙を引く小松さん。決まり事にとらわれず、その場その場で考えながら顧客にとっての「最善」に近づけていくものづくりは、彼が「親方」と呼ぶ藤井幸弘さんの姿勢がベースになっていると語る

 確かにリセールバリューだけを考えれば、メゾンブランドのロゴ入りバッグのほうがお得なのかもしれない。しかしやはり、職人さんとの温かなコミュニケーションから生まれたバッグは、特別な価値を秘めている。そもそも一生手放したくないから、リセールバリューなんてケチくさい概念は問題じゃないのだ。

 これ以上納期が遅くなると困るから、あまりおすすめはしたくない。でも、この価値がわかる人がもっと増えるといいな、なんて思っている。