Plug and Play Japan 代表取締役 マネージング・パートナー フィリップ・誠慈・ヴィンセント氏

 Plug and Play Japanを率いるヴィンセント氏は前回、当面の目標として四つのポイントを挙げた。①スタートアップエコシステムの底上げ、②イノベーションのためのハブになること、③日本企業を海外につなぐこと、④海外企業にとっての日本の窓になること。では、これらは現状どこまで進展しているのだろうか。そして、日本国内の実状を目の当たりにして1年が経過した今、ヴィンセント氏が何を思い、どんな課題を抱いているのかについて話を聞いた。

日本の大企業がいまだに抱える言葉の壁。そしてスタートアップ企業にはグローバル志向欠乏症という壁が

 シリコンバレーで働いていた頃に感じていた「日本の問題点」と、日本にオフィスを構えてから直面した問題点との間に、どんな違いがあったのか。ヴィンセント氏は苦笑いを浮かべてこうつぶやいた。

「米国で感じていた以上に深刻だなぁ、と(苦笑)」。どの企業もイノベーションに対する思いはあってもなかなか踏み出せない。「言語はいまだに大きな壁」と指摘する。文化の違いも大きい。同様のビジネスモデルや技術を持ったスタートアップ企業が海外と日本に存在するとしたら、日本の大企業は迷わず国内のスタートアップ企業を選ぶだろうと見る。

 ただ、Plug and Play Japanがアクセラレーションプログラムなどを通じて日本の大企業と海外スタートアップ企業との間に入るケースが生まれてきたことで、ギャップは解消され始めているという。こうして成功事例をさらに増やす必要がある、とヴィンセント氏は考えている。

 “海外企業が日本に入ってくることの難しさ”も大きな課題だ。昨年、ジャパンオフィスの開設を任されたヴィンセント氏は、早速外国資本が日本で会社をつくろうとした場合、どんな手続きが必要になるのかを調べ始めたが、どこに相談すればよいか分からず途方に暮れたという。

 日本で育ち、日本語でコミュニケーションできるヴィンセント氏でさえその状態だ。「将来性のある海外企業が日本に来たいと思ったとき、これからは私たちがその窓口になれます。それだけで大きな違いが生まれるはずです」そうして海外から積極的にスタートアップ企業を誘致しようとするのにはこんな思いもある。

「先ほどお話しした私自身が体験したようなハードルが“海外企業が日本へ”のケースでは付いて回りますが、ハードルの高さで言えば、“日本企業が海外企業と共創する”時のほうがずっと高いと考えているんです。日本の大企業の場合は、言語や文化というハードル。そして、日本のスタートアップ企業の場合はこれに加えて、本気で『グローバルに打って出るぞ』という意向を持てるかどうか、というハードルがあります」

 大企業がいまだに言語のハードルを越えられないでいるのも問題だが、なによりも日本のスタートアップ企業に、グローバル志向が不足している点をヴィンセント氏は指摘する。シリコンバレーで出会ってきた米国や諸外国のスタートアップ企業は、日本よりもずっと積極的に早い段階からグローバル市場を意識しているとのこと。この違いをなんとか打開するためにも、むしろ海外スタートアップ企業を日本に招き入れるような取り組みを進めたいというのである。

「海外のリアルな現実と触れあう機会を提供できる。これもPlug and Playならではの強みです。世界中の企業とネットワークを生かし、海外のベンチャー企業を日本に連れてくることができれば、日本の起業家やスタートアップ企業への良い刺激になると考えているんです」

 事実、Plug and Play Japanの働き掛けに応じて、すでに多くの海外ベンチャー企業がPlug and Playを通じて日本に来始めているという。だが、気になるのは、なぜ日本のスタートアップ企業がグローバルを目指さないのか、という点だ。

「海外の起業家の方が欲深い、という面もあるかもしれません(笑)。また、日本は国内市場が大きいので、ある程度そこで成果を上げれば、それで経営が成立してしまう、ベンチャー企業でも早期でIPOできてしまう、という事情が影響しているでしょう。自国内でのそれなりの成果で満足してしまえば、世界で勝負できるような技術やビジネスモデルを持っていても成長はストップしてしまう。もったいないと思います」

 ここへきてメルカリのように海外進出を果たすスタートアップ企業も出てきたが、ヴィンセント氏によれば、もっとロールモデルになるような企業が出てこないと現状は変わらないという。そのためにも、元気のある海外のスタートアップ企業を日本に連れてきて、刺激を与える環境をつくりたいというわけだ。

「海外ベンチャーのピッチの仕方一つを取っても大きな刺激になると思いますよ。日本のベンチャーが行うピッチは、グローバルなものとはかけ離れているんです」

 日本人の目で見ると、近年のスタートアップ企業はかつてと違い、シリコンバレー風のピッチを実践しているように映る。だが、本場のものを無数に見てきたヴィンセント氏の目には、大きな差があるというわけだ。

「教育の違いも大きいと思います。特に米国では、小さい頃から事あるごとにプレゼンをさせられます。オーディエンスの関心をどう引き出すか、個性を生かしてどう魅力的に見せていくか、という部分を子どもの時から学んでいます。彼らがどんどん日本に来て、本場仕込みのピッチを生で見せるようになれば、きっと気付くはずですよ。『アメリカ人、ハッタリがハンパないな』とか(笑)。50しかできないことを平気で100できると言いますからね(笑)。日本人が100できるのに80と言ってしまうのとは大違いです。どちらが人として好ましいかどうかはさておき(笑)、ベンチャー企業としてグローバルに成功するには、これくらいのことを言ってのけなければいけないんだな、と気付けば、きっと日本のスタートアップ企業の人たちも変わっていくと思います。たくさんのヒントに出会えるはずです」