ウィーン、プラハ、そして晩年は再びミラノへ

 アルチンボルドに大きな転機が訪れたのは、1562年、38歳の時でした。フェルディナント1世の治世時、活動の場をミラノからウィーンに移し、宮廷画家となります。

 当時の宮廷記録には肖像画家としてアルチンボルドの名前が登録されていて、フェルディナント1世やマクシミリアン2世の娘たちの肖像画も描いたことがわかっています。

《皇女アンナ》1563年頃 油彩・板 42.7×34.1cm ウィーン美術史美術館

 1564年、フェルディナント1世が逝去すると、マクシミリアン2世が皇帝になります。《皇女アンナ》(1563年頃)は、マクシミリアン2世が最も愛した娘とされる皇女アンナを描いた作品です。異論もありますが、この絵を含む現存する一連の肖像画は、アルチンボルドに帰すとされています。

 1576年、マクシミリアン2世が世を去ると、24歳のルドルフ2世が皇帝となります。ルドルフ2世の治世時代、アルチンボルドは第1回で紹介したように芸術と科学の境界を超えた多面的な活動をしました。その活躍はまさにレオナルド・ダ・ヴィンチを彷彿させます。

 1585年、59歳のアルチンボルドは148点に及ぶ衣装や頭部の飾りなどのペン画を赤いモロッコ革で装丁し、ルドルフ2世への贈り物としました。ペン画の大半は1571年に行われたシュタイアーマルクの統治者カール大公(マクリミリアン2世の弟)と、バイエルン公アルブレヒト5世の娘マリア(マクシミリアン2世の妹アンナの娘)の結婚祝賀会のために描いたものでした。アルチンボルドがその総監督を務めた式典です。

 式典は城壁のある屋外陸上競技場に人工の丘を造り、民族巡りの行進からスタートしました。結婚の神ユノーとアフリカ、アジア、アメリカの大陸の王は皇帝一族が演じました。ほかにも虹の神イーリス、セイレーン、自由七科人(文法、論理学、修辞学、算術、幾何学、音楽、天文学)、エウロパ、ユニコーン、ディアナなど、ローマ神話の神に扮した人物が登場しました。皆、その扮装のまま晩餐会に出席し、2日間にわたる大規模な催しが行われました。

 ルドルフ2世にこの画集を贈った2年後の1587年、アルチンボルドは晩年をミラノで過ごしたいと願い出て、故郷へと戻ります。ミラノでもルドルフ2世のための制作を続け、1591年、《ウェルトゥムヌスとしての皇帝ルドルフ2世》(1590年頃)を完成させて贈り、皇帝から宮中伯という高い位を与えられています。

《フローラ》1591年頃 油彩・板 72.8×56.3cm 個人蔵

 春の花盛りの女神を描いた《フローラ》(1591年頃)も、ミラノに戻ってから描いた作品です。花と葉を使って独自の手法でフローラを表現しています。冒頭の《娼婦としてのフローラ》(1591年頃)も同じ時期に描かれたもので、バラの花で表現された胸が特徴的です。

 人文学者であり詩人のグレゴリオ・コマニーニはこの絵に短詩を捧げています。晩年、アルチンボルドはコマニーニにも「四季」を贈りました。《冬》に署名があることから、アルチンボルドの自画像ともみられ、過ぎ去った栄光の日々を思い起こしていることの暗示ともとれます。

 1593年、宮廷画家として栄華を極めたアルチンボルドは67歳でこの世を去ります。しかしその後は忘れられ、18世紀まで美術史に名前は上がりませんでした。20世紀、ダリやエルンストなど、シュールレアリスムの先駆者として再発見され、高い評価を受けたのでした。

 

参考文献:『アルチンボルド展』カタログ シルヴィア・フェリーノ=パクデン、渡辺晋輔/責任編集 国立西洋美術館・NHK・NHKプロモーション・朝日新聞社/発行
『綺想の帝国−−ルドルフ2世をめぐる美術と科学』トマス・D・カウフマン/著 斉藤栄一/訳 工作社
『西洋美術の歴史5ルネサンスⅡ 北方の覚醒、自意識と自然表現』秋山聰・小佐野重利・北澤洋子・小池寿子・小林典子/著 中央公論新社
『名画への旅10 北方ルネサンスⅡ 美はアルプスを越えて』木村重信・高階秀爾・樺山紘一/監修 高橋裕子・小池寿子・高橋達史・岩井瑞枝・樺山紘一/著 講談社
タッシェン・ニュー・ベーシック・アート・シリーズ『ジュゼッペ・アルチンボルド』ヴェルナー・クリ―ゲスコルテ/著 タッシェン・ジャパン
『アルチンボルド アートコレクション』リアナ・デ・ジローラミ・チーニー/著 笹山 裕子/翻訳 グラフィック社
『表象の迷宮 マニエリスムからモダニズムへ』谷川渥/著 ありな書房
『美術論集 アルチンボルドからポップ・アートまで』ロラン・バルト/著 沢崎浩平/訳 みすず書房
『名画の読解力 教養のある人は西洋美術のどこを楽しんでいるのか!?』田中久美子/監修 エムディエヌコーポレーション
TJ MOOK『奇想の宮廷画家 アルチンボルドの世界 ハプスブルク家に愛された「だまし絵」の名手』大友義博/監修 宝島社
『芸術新潮』2017年7月号 新潮社