摩天楼誕生の秘密
おススメの3つの望楼と村落を訪ね、誕生のヒミツを紐解いていきましょう。
1. シカゴで財を成した華僑の「銘石楼」(自力村)
田んぼのあぜ道を行くと、麦わら帽子をかぶった農夫や騒がしいガチョウの群れの向こう側に、5~6棟の箱型の塔が見えてきました。中で最も美しいといわれるのが銘石楼です。
ルネサンス風に調和のとれたフォルム。屋上には、インドの東屋(チャトリ)みたいな三角屋根の建物が一つ、ちょこんと佇んでいます。
開平の望楼群があるのは、珠江デルタを流れる潭江沿いの低地です。古くから洪水に襲われることが多く貧しい地域でした。農民たちは19世紀後半になると、海外へ出稼ぎに出るようになります。それが“華僑”と呼ばれる人々。特に多かったのがアメリカやカナダで、大陸横断鉄道の建設やゴールドラッシュに沸く金鉱山で採掘をしたのです。
銘石楼を建てたのは、シカゴで財を成した華僑・方潤文氏でした。アメリカ政府は、1882年に「中国人排斥法」を公布して、中国人がどれだけ稼いでも、家族を呼び寄せることを禁止します。そのため帰郷するしかない男たちは、故郷に錦を飾るべく、西洋風の華やかな邸宅を競って建てました。それが望楼(中国では“碉楼”)です。ポストカードの宮殿や城、海外で見聞きした建築を基にして、地元の職人に造らせたといいます。
銘石楼の1階はホールで、方さんと3人の妻の大きな写真が掲げられていました。イタリアから取り寄せた青・緑・黄の色ガラスをはめ込んだ間仕切り。時計はドイツ製。窓辺に置かれた蓄音機……三種の神器と呼ばれた蓄音機・ミシン・自転車は、まだ中国では手に入らず、裕福な家のシンボルになりました。
開平から海外へと渡った華僑は、70万人を超えます。銘石楼をはじめとする望楼群は、成功の証し。異国での苛烈な日々を物語る“歴史の証人”なのです。
2.盗賊から身を守る防御システムの「馬降龍村」
望楼は、一朝一夕で誕生した訳ではありません。三門里村の狭く曲がりくねった路地がつづく集落の奥に、赤茶けたレンガを積んだ3階建てが鎮座しています。これが450年以上前(明代)に築かれた、現存する最古の楼閣「迎龍楼」です。
93cmもの分厚い壁と、四隅の尖塔にあけられた銃眼。村人たちは洪水が起こると、全員でここに避難しました。もう一つの目的が、野盗から身を守ること。開平一帯は、山賊がわがもの顔に横行する土地柄でした。望楼の始まりは、川沿いの低地ならではの洪水対策と、山賊から村を防御するための砦だったのです。
清朝末期(20世紀初め)になると、さらに治安が悪くなります。盗賊が隠れるための山がすぐ背後にあったからです。黒澤明の名作「七人の侍」を想わせるほどの鉄壁の防御網を敷いたのが、馬降龍村です。
まず村をとり囲むように竹林を茂らせます。この竹には鋭利なトゲがあり、いわば自然の有刺鉄線でした。村の入口には楼門を置き、夜通し目を光らせます。家々はびっしり密集して建ち、路地が狭くて馬に乗った盗賊は侵入できません。そして一番奥にそびえるのが望楼です。
天禄楼には、100㎏もある鉄の扉と鉄格子の窓。銅鑼が村に鳴り響くと、29の家族が一斉に逃げ込みました。5階までに29の部屋があり、それぞれの家族に割り当てられていたのです。監獄のような物々しさ。6階の四方の壁には銃眼があり、不眠不休で山賊たちを狙い撃ちました。
3.開平ナンバーワンの名声の「瑞石楼」(錦江里村)
瑞石楼は、香港で金融業で身を立てた黄璧秀氏が1925年に完成させた、開平で一番高い9階建ての望楼(高さ約30m)です。建設費は、現在の価格にすると4億円以上。望楼めぐりの白眉となることでしょう。
稲穂のさざ波から立ち上がる姿は、あたかも中世イタリアの城館。注目して欲しいのは、ふしぎな建築スタイルと手の込んだ細かい装飾です。天辺に5つのドーム屋根をのせ、張り出した列柱が心地よいリズムを刻みます。さらに古代ギリシャもどきの柱頭。ファサードの飾り壁には、幸せを呼ぶ“鳳凰”と魔除けの“獅子”が浮き彫りされています。
8階には先祖を祀る祭壇があり“祖堂”になっていました。毛筆による漢詩、天蓋が付いた寝台、紫檀のテーブルなど……西洋風でありながら、心底には風水をはじめとする中国古来の伝統が流れているのです。
華僑たちは、近郊の赤坎鎮(鎮とは街)から船で香港に出て、太平洋を渡りました。赤坎には、今もその船着き場が残っています。西洋風の楼閣が立ち並ぶモール(商店街)も、20世紀初めの雰囲気をしのばせ見事です。ここで食べた、名物ウナギの炊き込みご飯と焼き豆腐の美味いこと! 食後はプーアル茶をどうぞ。
望楼は水田地帯にあるので、春は菜の花、夏の青田、秋は稲穂など、時の流れで彩を変えます。好みの季節を選び、周りの景観ともども眺めるのが最高です。
※世界遺産の村、自力・三門里・馬降龍・錦江里は、それぞれ村民が暮らす生活の場です。また望楼の多くは個人の所有物で無人のケースが多々あります。公開状況や入楼料、入村料などが変更されますので、現地でご確認ください。
※旅行に行かれる際は外務省海外安全ホームページなどで現地の安全情報を確認してからお出かけください。