戦国時代には出雲大社と肩を並べるまでに
日御碕は、平安時代には修験の聖地としてよく知られるようになり、戦国時代には出雲大社と肩を並べるまでになった。出雲国全体の鎮守神として、朝廷や幕府、大名の崇敬を集め、武将たちから数々の宝物が寄進された。これらは多くが国の重要文化財などに指定されている。なるほど、現在の規模は出雲大社とは大きな差があるが、かつてはそこまで重要な神社だったため、今もこれほど立派な建物が残っているわけだ。
境内にある文化財指定の建物は、江戸幕府三代将軍の徳川家光が松江藩の藩主に命じて1635年に松江藩主である京極忠高に命じて造営を開始し、1643年に竣工という。こちらの神社には建立時の彫刻や彩色の記録、図面などが残されている。それにしたがって修理が行われてきたため、現在でもこちらの神社は竜宮城のような美しい姿を保っているのだ。
二つの宮の細部をよく見てみると、極彩色の彫刻があるのに気づく。草花や動物などさまざまなものを描いた彫刻は100個以上、ひとつとして同じものはないという。妻の部分など上部にも細かな飾りが施されているので、よく見たい人は双眼鏡を持参するのもお勧めだ。
境内には、他にも文化財指定の建物があるが、中でも校倉造の宝庫は見逃せない。これも江戸時代に建てられたものだが、古代以来の伝統的な建築様式を連綿と継承してきた日本文化の奥深さに感嘆する。正倉院と同じように、武士たちが奉納した宝物は、この宝庫で大切に守られてきたのだろう。
境内を巡り終えたら周辺を散歩してみよう。まずは海辺に出ると、鄙びた漁港がある。そして少し沖に出たところに経島が見える。天照大御神が祀られる下の宮がかつて鎮座していた島だ。
ここでは旧暦1月5日に、日御碕神社のもっとも重要な祭である例大祭が催行される。夕日を背景に行われることが多いため、夕日の祭とも呼ばれている。実際にはまだ見たことがないが、写真で見ると世にも美しく神々しい祭である。さらに歩くと、夕日展望台があるので、ここから日本海に沈む夕日を見るのもよい。
岬の突端には、出雲日御碕灯台もある。明治36年に設置され、120年が過ぎた今も現役で海の安全を守り続ける貴重な建造物である。海面から地面から塔頂までの高さは43.65mあり、石造灯台としては日本一の高さ。2022年には、国の重要文化財に指定された。神社や寺の建造物だけでなく、今も使われている建物も重要文化財になり得るのだ。
これも必見だが、最後にもうひとつ、お勧めのスポットがある。海鮮丼で有名な花房商店だ。各種海鮮、ウニとサザエもどっさり乗った名物「古事記ウニ入丼」がものすごいボリュームだ。なぜ「古事記」と名がつくのかはよくわからないが、ここまで来たらぜひ食べてみたい逸品である。