「昌磨くんはこういう感じだったんだよ」

 樋口は2022年に自身のクラブ「LYSフィギュアスケートクラブ」を立ち上げ、指導にあたっている。今年になってブランド「TOKIOインカラミ」を展開するイフイング株式会社が支援することになり、7月1日から選手の所属先名が「LYSインカラミ」となった。

「ふつうは一個人に対しての支援じゃないですか。今回は『LYSを強いチームにしてください、強い選手を出してください』ということで支援してくださるとのことでした。 支援いただくことが決まったあと、社長に尋ねられて立ち上げた理由をお話しました。小さい頃から教えたい、小さい子たちにスケートのよさやアスリート、人間としてのところからやっていきたいというような話です」

 クラブへの支援は、樋口の理念への賛同と期待の表れでもある。

 指導する中で宇野との時間を参考にすることもあるという。

「もちろん生徒それぞれ性格も違いますから、そのときそのときで考えてみて、 昌磨はこういうときはこうだったなと思い返したり、『昌磨くんはこういう感じだったんだよ』と伝えるときはあります」

「例えば」と続ける。

「松本悠輝くんというジャンプが苦手な子がいます」

 松本は昨年10月の全日本ノービス選手権ノービスAで3位になり、全日本ジュニア選手権にも出場。今春、中学2年生になった。

「でもスケートが大好きですごい真面目な子です。ジャンプが苦手だから、スピンとか他のことをものすごく一生懸命頑張る。昌磨も小さい頃ジャンプはあまり跳べなくて、スピンや表現力、フットワークを一生懸命頑張ったんですね。そのあとジャンプが跳べるようになって、トップに行けたのであって最初から跳べたわけじゃない。だからジャンプが苦手な中でどうやってスケートが上手になれるかを考える方がいいんじゃない? みたいな話をしたりします」

 樋口が教えている中に、昨シーズンの世界ジュニア選手権銅メダルなど成長著しい上薗恋奈もいる。

「今、トリプルアクセルの練習をしていていい感じになってきていますが、昌磨も習得まで時間がかかりました。『ここからが長いんだよ』と話したり、昌磨が恋奈ちゃんを教えてあげているときに直接伝えたりもしています。昌磨のことは今の選手たちに伝わっていると思いますね」

 あらためて尋ねる。

 宇野昌磨とはどんな人でしたか?

「思いやりがある人。思いやりがあって、頭がすごくいい。あとは自分を持っていること。周りに流されない。小さいときから変わらずそうですね。でも、自分が自分が、というタイプではないです。わりと、『どうぞ、どうぞ』という感じで。ほんとうに、教えている中で参考にしていることがたくさんあります」

 樋口が理想として思い描くクラブへの道のりの中にも宇野昌磨はいきている。

樋口美穂子(ひぐちみほこ) 山田満知子コーチのもとでフィギュアスケーターとして活躍し1981年の全日本ジュニア選手権2位、全日本選手権出場などの成績を残す。二十歳で引退し、山田のもとでコーチとなる。2022年世界選手権で優勝しオリンピックでも2大会連続メダルを獲得した宇野昌磨をはじめ数々の選手を育てた。2022年3月、「LYSフィギュアスケートクラブ」を創設、指導にあたっている。振り付けも数多く手がけている。