皇子を産んでも皇后になれず

 詮子が入内したとき、円融天皇にはすでに、媓子という皇后がいた。媓子は、関白藤原兼通(兼家の兄)の娘である。

 詮子と同年に、中村静香が演じる遵子も入内し、女御となっている。遵子は橋爪淳が演じる藤原頼忠の娘で、町田啓太が演じる藤原公任の姉である。

 皇后の媓子は円融天皇の子を産むことなく、天元2年(979)6月に崩御した。

 皇后空位のまま、翌天元3年(980)、詮子は円融天皇の第一皇子となる懐仁親王(のちの一条天皇 980~1011 在位986~1011)を出産している。

 皇子を出産しても、詮子が皇后の座につくことはなかった。

 円融天皇は遵子を皇后とし、詮子は女御に据え置かれたのだ。

 

先例なし、女御から皇太后へ

 皇后になれなかった詮子だが、その屈辱は意外な形で、晴らされることになる。

 円融天皇と遵子の間に子は産まれず、結果的に詮子が産んだ懐仁が、円融天皇の唯一の皇子となった。

 そのため、円融天皇が譲位し、本郷奏多が演じる花山天皇が即位すると、懐仁が立太子された。

 寛和2年(986)6月、花山天皇が退位すると、懐仁が、7歳で一条天皇として即位する。その翌月、詮子は国母(こくも/天皇生母)として、「皇太后」の地位を得たのだ。

 皇太后は、本来は皇后が天皇の代替わりに合わせて繰り上がっていく地位だという(繁田信一『天皇たちの孤独 玉座から見た王朝時代』)。

 詮子のように、皇后を経ず、女御から皇太后になるのは、先例のないことであった。