近代以降の日本画の歴史は、時代にふさわしい絵画を追い求めてきた画家たちの歴史でもある。山種美術館にて新たな日本画の表現を目指した画家たちを紹介する特別展「日本画に挑んだ精鋭たち ー菱田春草、上村松園、川端龍子から松尾敏男へー」が開幕した。

文=川岸 徹 撮影=JBpress autograph編集部

展示風景より、川端龍子《鳴門》1929年 山種美術館

暑い夏に、美術館で涼やかに過ごす

 猛暑、酷暑という言葉を嫌になるくらい聞いている2023年の夏。まだ当面は厳しい暑さが続きそうだが、そんな時はぜひ美術館へ。冷房が効いているのはもちろん、静かなムードやゆったりと流れる時間は、暑さを忘れて過ごすのにうってつけだ。

 そこで今回は、涼しい気分になれる美術展を紹介したい。山種美術館で開催されている特別展「日本画に挑んだ精鋭たち ー菱田春草、上村松園、川端龍子から松尾敏男へー」。明治時代から現代にいたるまで、新しい日本画の創造に挑み続けた精鋭たちの力作、約50点を紹介。展示作の中には海や滝など水辺を題材にした作品が多く、軽やかで清々しい気持ちで鑑賞を楽しむことができる。

 

美術評論家・山下裕二氏による作品鑑賞

 さっそく、展覧会の会場へ。今回は明治学院大学教授・美術評論家で山種美術館の学芸部顧問を務める山下裕二氏による解説とともに、美術鑑賞を楽しみたいと思う。

 展覧会の序盤、横山大観《波上群鶴》(個人蔵)と菱田春草《雨後》(山種美術館)の2点が並べて展示されている。ともに明治中期以降の作品で、朦朧体という技法が使われている。

展示風景より、左から、横山大観《波上群鶴》1897年-1906年頃 個人蔵、菱田春草《雨後》1907年頃 山種美術館

「朦朧体とは岡倉天心の指導のもと、大観や春草が試みた描法。輪郭線を描かずに、ぼかしによって光や空気の質感を表現しました。でも、この実験的な表現は受け入れられず、批判の対象になった。日本画の伝統を変えようとする心意気が、僕はいいと思うんですけどね。見逃せない一枚です」(山下裕二氏。以下コメントはすべて山下氏のもの)

 下村観山《不動明王》(山種美術館)はイギリスに留学中に描かれ、ニューヨークの展覧会で発表されたと考えられている作品。西洋絵画の影響を強く感じる一枚だ。

展示風景より、下村観山《不動明王》1904年頃 山種美術館

「国宝《信貴山縁起絵巻》をご存知でしょうか? 全3巻のうちの1巻《延喜加持の巻》に、雲に乗った童子が登場するシーンがあります。それを念頭に置いて制作されたのがこの作品。西洋への意識が高く、何ともおもしろい作品に仕上がった。不動明王の姿がマッチョ。落款もKANZANとアルファベットで記されています」

 川端龍子《鳴門》(山種美術館)は、画面全体に広がる青々とした海が印象的。龍子は当初、神奈川県・江ノ浦の風景画に取り組んでいたが、もっと動的な画面をつくりたいと感じ、鳴門を題材に選んだという。ただし龍子はこの時点で鳴門を見たことがなく、江ノ浦の写生をもとに制作にあたったという。

「この作品が描かれた頃、龍子は日本画団体『青龍社』を設立。第1回青龍展を開催しました。その展覧会に出品したのが本作。よほど気合いが入っていたんでしょうね。青い海を表現するために使った群青の絵具は、なんと約3.6kgにもなりました」