名前が付いた読書机

息を吹き返した《ハリー・ムリシュの読書机》と新聞を読む今日の紳士

 どんな伝説的なカフェにも必ず存在するように、このカフェにも著名な常連客がいた。オランダで最もノーベル文学賞に近いと誉れの高かった作家のハリー・ムリシュである。

 彼はこのカフェの常連であるだけでなく、この長い読書机を長年愛用して新聞や雑誌を読み、また、作品を書き、65歳の時に著わした『天国の発見』が世界的なヒットとなる。それはカフェの誇りともなり、彼が帰らぬ人となった2010年以降はそんな彼に敬意を表してこの長い読書机は《ハリー・ムリシュの読書机》と呼ばれるようになった。

 それから月日がたち、カフェも時代の流れに逆らえず、アメリカの大型ホテルチェーンの手に渡ることになる。それに伴い新聞の定期購読は中止されることになり、この読書机は地下に追いやられた。そしてその空いた場所にはセルフサービスのサラダバーが設置されることになった。

 街の小さな伝統の一つが静かに消えかかろうとしたその時、「あの読書机はどこにいったんだろう」という疑問がホテルのオンラインレビューに書き込まれた。それを皮切りに市民の声が次第に大きくなっていき、ついに新しいホテルのオーナーは市民の要望にこたえる形で、このテーブルと新聞購読を復活させることにしたのである。