取材・文=吉田さらさ 

露天神社のお初と徳兵衛像 

実際にあった事件が浄瑠璃の物語に

 前回に引き続き、今月も、大阪有数の人気神社をご紹介しよう。キタと呼ばれる繁華街の中心、曽根崎に鎮座する露天神社(つゆてんじんしゃ)、通称「お初天神」である。

 JR大阪駅や各線梅田駅から、飲食店が立ち並ぶお初天神通り商店街を歩いて10分ほど。鳥居をくぐると、突如として濃密な空間が広がる。さほど広くない境内が、さまざまな幟やモニュメント類、いまどき風の派手なイラストなどで埋め尽くされているのだ。幟には、「恋人の聖地」という文字が書かれている。ここは数ある日本の縁結びスポットの中でももっとも有名、かつご利益も最強と言われる神社である。

露天神社の鳥居

 通称名の「お初」とは、近松門左衛門作の人形浄瑠璃「曾根崎心中」のヒロインの名である。お初は大阪堂島の遊女、その恋人の徳兵衛は醤油問屋の手代。物語は実際にあった事件をもとにしており、二人の男女が心中したのは、まさにこの神社の境内だ。

 実際には、お初のモデルである芸妓が身請けされ、徳兵衛のモデルの手代が江戸に転勤になったことにより別れ別れになることを嘆いて心中したのだが、近松門左衛門が、わずか1か月後によりドラマティックな物語に仕立てて大ヒットした。

 人形浄瑠璃では、徳兵衛の方に雇い主が勝手に決めた縁談があった。自分にはお初がいるからと断るつもりだったが、相手の家から受け取った持参金を友人に貸してしまったことで事態が悪化していく。その友人は実はお初に横恋慕しており、二人の仲を裂こうと画策。そんな金は借りた覚えはないと言い張り、徳兵衛はとんでもない詐欺師だと周囲に言いふらす。徳兵衛はさんざんに殴られ、雇い主の信用も失った。そんな徳兵衛に、お初は「自分と心中する覚悟はあるか」と問いかけ、暗闇の中、手に手を取って「曾根崎の森」へと急ぐ。ひとしきりこの世との別れを惜しんだ後、徳兵衛はまずお初を手にかけ、自らも命を絶った。

 近松は「未来成仏うたがひなき恋の手本となりにけり」という一文で物語を結んでいるが、実際の舞台を見ると、この心中シーンはあまりにも凄絶である。現代の感覚からすると「えっ、これが恋の手本?」という印象なのだが、江戸時代と今とでは恋愛観や死生観が大きく違うのだろう。お初は観音菩薩を厚く信仰しており、未来に成仏してあの世で結ばれると信じていたという。現代の恋人たちにはどうしても乗り越えられない障害などないだろうし、仮にあったとしても心中以外の解決方法もあるだろう。しかし、この時代のこうした状況の男女には、それ以外の選択肢はなかったのだ。

露天神社の絵馬

 ともあれ、そんな2人の純粋な恋にあやかりたいと思うのか、それとも昔の物語とは関係なく単に「恋人の聖地」というネーミングに惹かれてか、境内には縁結び祈願の女性たちや恋愛成就祈願のカップルが多く、たいへんにぎやかである。寄り添うお初徳兵衛のブロンズ像や美麗な男女を描いたポスターの前に群れ集う若い人々。かつてここで心中した2人がそんな様子を見たら、さぞやたまげることだろう。