文・撮影=中野香織
「新型」ラグジュアリーが共存するニセコ
北海道のニセコは、ラグジュアリーを研究するうえでユニークな地域である。
1990年代以降、オーストラリア人がニセコの上質なスキー環境に魅せられて移住し、グリーンシーズンのアクティビティも開発する。2000年代にはオーストラリア人の観光客が増加するとともに、オーストラリア資本による不動産開発が進んでいく。地価上昇にともないアジアからも注目を浴び、香港、マレーシア資本による開発も続々と進んでいる。
その結果、歴史遺産を重んじるヨーロッパ型とは異なるラグジュアリーが現出している。ニセコの受け入れ態勢も筋が通っており、開放的でありながら、決して資本のやりたい放題にはさせず、環境と地元民の幸福を守るための柔軟で民主的な政治を貫いている。
世界の富裕層に好まれるラグジュアリーと、地元の人々の幸福を共創する「新型」ラグジュアリーが共存する地域、ニセコ。その魅力の一端をお伝えしながら次世代の新しいラグジュアリーを考えてみたい。
18万個の光が、人々の意識に働きかける「マウンテンライツ 光が紡ぐ未来への祈り」
北海道のニセコ、羊蹄山とニセコアンヌプリを一望にできるロケーションに、世界有数のラグジュアリー・マウンテン・リゾートが広がる。パーク ハイアット ニセコ HANAZONOである。
上質なパウダースノーに恵まれるウィンターシーズンは、雄大な自然景観と世界屈指のウィンター施設によって、贅沢で快適なウィンターリゾートの聖地となる。グリーンシーズン、紅葉シーズンには、ゴルフ、ラフティング、カヌー、乗馬、ツリートレッキング、サイクリングなど多彩なアクティビティを楽しむことができる。
このリゾート地に、壮大なスケールの光のアートインスタレーション、「マウンテンライツ」が設置された。これを創った芸術家、ブルース・マンロー氏が来日したタイミングで、アートインスタレーションを体験した。
冬は滑走路となるニセコアヌンプリのふもとに、1.3㎞にわたり輝く光の帯がくねくねと連なっている。
ひとつひとつの光は、光ファイバーを使用したアートワーク「ファイアフライ」と呼ばれるものだ。これ単体を近くで見ていると、ゆらゆら揺れる線香花火のようにも、蛍のようにも見えてくる。この蛍のような光が合計18万個も連なり、ニセコアンヌプリの山のすそ野に「活火山からマグマが流れるような」(マンロー氏のことば)軌跡を描き出しているのである。これが人の手で1つずつ設置されたのだと思うと、気が遠くなる。
このインスタレーションは、距離を置いて眺めても驚異を覚えるが、体験するとその真価がわかる。観客は、ゴンドラに乗り、インスタレーションの最上部まで上っていく。ゴンドラを降りたら、光の軌跡に沿って歩いて山を下りる。
揺れる光に導かれ、18万個の光の中で歩き続けると、不思議なことに、次第に心が静まり、隣の人と語る声が小さくなっていく。しかも、内的な、個人的な思いを語り合うのが、照れくさいことではなくなっていく。ふもとにたどり着く頃には、精神が浄化されているような、心に火が灯ってあたたかくなったような、ピュアな感動が静かに広がる。
光のインスタレーションの威力である。
スペクタクルな屋外インスタレーションであると同時に、やさしくも大量の光に接する「体験」が人々の意識に働きかけ、異なる視点をもたらす唯一無二のアートでもある。
マグマが流れる様子を模したけた違いのインスタレーションは、紅葉シーズンの10月10日まで設置される。日本のさまざまな規制や自然環境を考えると、おそらく日本では、ここニセコでしか体験できない。ラグジュアリーの語源にある「光(luxe)」の意味を正しく踏襲する、稀少なラグジュアリー体験を与えてくれる。