シチリアでワインを5世代にわたって造り続ける「ドンナフガータ」は、2019年から「ドルチェ&ガッバーナ」とのコラボレーションワインを販売している。

このコラボレーションワインのラインナップに、この春、ワイナリーを代表する作品『タンクレディ』が加わった。この発売を記念して、ドンナフガータは、東京でシチリア料理といえばここ『リストランテ・ダ・ニーノ』にて発表会・試飲会を開催した。

リストランテ・ダ・ニーノのシェフ ニーノ・レンティーニさん(右)と、来日したドンナフガータの代表 ジョセ・ラッロさん(左)。ジョゼさんはNYのブルーノートでライブを行うほどのジャズシンガーでもある。
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シチリア島という小さなワイン大陸

地中海最大の島 シチリア。夏になると南風がアフリカ大陸からサハラの熱と砂を運んでくる、暑く乾燥したこの島は、世界一ワインを造っているイタリアでも最大級のワイン産地だ。

シチリア島はブドウ栽培に向いている。だから、そのワインの基本的なスタイルは、大量生産を利した価格的に手頃で、難しくないワイン。ビーチで美味しそうな、柑橘類を思わせるさっぱりとフルーティーな雰囲気や塩を感じさせるような口当たりのいいミネラルの旨味が持ち味だ。ところが、1990年代、シチリアで、この良さは活かしながらも、最先端技術とクラフツマンシップを注いだワインが登場したことで、風向きは変わった。本気を出したシチリアの潜在能力に、世界が注目した。

この時代は、濃厚な赤ワインがウケていたこともあって、だったらと、シチリアの伝統品種ネロ・ダーヴォラを主役に据えたことも機を見るに敏と出た。

相性を選ばない気軽なテーブルワインは赤・白ともに軽快なものからヘヴィーなものまで揃い、さらにそこに奥深さを備えた本気のワインもある、という布陣が完成。

時代のハートを掴んだシチリアは、さらにたたみかけた。時代が多彩なテロワールを望むと、海あり、陸あり、山あり、3,000m級の活火山「エトナ山」の山肌から麓まであり、となんでもござれのテロワールを披露。いやいや、気候条件に合った、その土地の魅力を表現できる伝統のブドウ品種がなければ、テロワールの魅力も半減、という時代が来たら、待ってましたとばかりに、古代ギリシャに起源をもつ様々な固有品種をフィーチャーした。この土地でメルローを育てたらどうなるの? なんていう疑問が出てくる頃には、有名どころの国際品種ならたいていが揃っている状態で、なんなら固有品種と国際品種のブレンド、などという表現も可能になっていた。

こうして、シチリアはワイン業界で確固たる地位を築いた。ドンナフガータの物語は、そんなシチリアの物語に重なる。

ジャブが重い

ドンナフガータはマルサラに1851年、ラッロ家が起こしたワイナリーが起源。マルサラといえば、シチリア伝統の酒精強化ワインで知られている。ドンナフガータ、というブランドをロッラファミリーが生み出したのは、それから100余年あと。1983年に、一族4代目のジャコモとガブリエラ夫婦が、コンテッサ・エンテリーナという場所にワイナリーを造り、そこでの故事にちなんで「ドンナフガータ」という名前の会社を設立したのだ。

ラッロ家。左がジャコモ・ラッロ。2016年に他界している。
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1990年代のシチリアワイン変革期には、その流れのなかで高級ワイン、高品質ワインをリリース。国際品種、土着品種の研究を重ね、シチリアワインの世界的な評価の向上に、一役も二役も買っている。

SDGsなんて騒がれる前から、ブドウの持ち味を活かすべくナチュラルな農業を実践し、2016年にはシチリアの東、ヴィットーリアとエトナにもワイナリーと畑を持つようになって、その表現はよりカラフルに。現在はシチリアの5エリアで土着品種、国際品種とりまぜ25品種を栽培している。

ワイン造りの腕前は、今回のイベントのウェルカムドリンクとして出されたスプマンテ(スパークリングワイン)『ドンナフガータ ブリュット』から見せつけてくれた。すーと抵抗なく飲めて「ああ、美味しい」と次の一口を飲みたくなる。うっかりすると気軽な挨拶代わりのジャブ、と見過ごしてしまいそうなまとまりの良さだけれど、いやいや、スパークリングワインはこういうバランスを実現するのが難しいのだ。

ドンナフガータ ブリュット ¥ 5,800
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聞けばコンテッサ・エンテリーナのシャルドネとピノ・ノワールを使い、シャンパーニュ同様の瓶内二次発酵で36カ月以上瓶内熟成という贅沢な造り。剛腕ストレート、本格派だ。

さて、そんな凄いワインの礎をジャコモ&ガブリエラ夫婦が築いているころに、いったん、戻ろう。この頃、ファッション業界でも、とあるカップルが、世界の目をシチリアに向ける活動を開始していた。そのふたりが、ドメニコ・ドルチェとステファノ・ガッバーナである。

どうしていままでコラボしなかった?

ドルチェとガッバーナは、1980年代の後半、4回目のコレクションに、ドルチェの出身地、シチリアの伝統を取り入れた。なかでも「シシリアン・ドレス」は有名で、以降、世界でブイブイ言わせるドルチェ&ガッバーナのコレクションのテーマは「シチリア島の歴史」で統一される。

このコレクションは、1940年代のイタリア映画にならって白黒で宣伝されたのも革新的で、ふたりは5回目のコレクションでも、この路線を踏襲した。イタリアの映画監督ルキノ・ヴィスコンティによる『山猫』の雰囲気を取り入れて、世界に衝撃を与えたのだ。

で、この山猫の中心人物にタンクレディという貴族がいる。アラン・ドロンが演じている。そう、ドンナフガータのアイコニックなワインであり、今回、発売された2018年ヴィンテージから、ドルチェ&ガッバーナとのコラボワインとなった『タンクレディ』の名前は、ここから取られているのだ。

ドンナフガータ『タンクレディ 2018』 ¥7,440
ドンナフガータはラベルにアーティストを起用し、ワインを表現している。ドルチェ&ガッバーナとのコラボレーションワインのラベルは、当然、ドルチェ&ガッバーナによるもの。
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ともにシチリア、ともにヴィスコンティ。同じ伝統と美意識から世界をあっといわせる作品をつくっていた両者なのである。こんなにしっくり来るコラボレーションも珍しい。というよりも、どうしていままでコラボしなかったんだ? とヒトコト言いたくなるほどだ。

ワインの方のタンクレディは、シチリアワインの立役者でもあるブドウ品種ネロ・ダーヴォラと、国際品種カベルネ・ソーヴィニヨンのブレンド。

ネロ・ダーヴォラが伝統を、カベルネ・ソーヴィニヨンが現代性を象徴するという。これが、貴族というバックグラウンドを持ちながら、時代の変化に順応していくタンクレディとダブるわけだ。

実際のワインは実によく出来ている。ナパ・ヴァレーやスーパータスカンを彷彿とさせるような、ボルドー系を再構築したニューウェーブのワインの雰囲気を漂わせながらも、樽とカベルネ・ソーヴィニヨンに由来すると思われるウッディな香りは、重厚というより爽やか。かなり贅沢な樽の使い方をしているはずだ。口にすると重たくない。むしろエレガント。フルボディの赤ワインでも爽やかでフレンドリーなスタイルを貫いているのはシチリア流なのだろう。なかなか他所では出会えないけれど、時代が求めているのはこういうスタイルだ。

スーパーシシリアン

これ以上語ると長くなりすぎるから、イベントで登場したワインをさらっと紹介すると、シチリアのブドウ、ネレッロ・マスカレーゼを中核に据えた『ロゼ』は、「ロゼといえば南仏、地中海!」とイメージするような人にはぜひ体験してもらいたい「地中海っていってシチリアをお忘れじゃありませんか?」と、はっとさせられるワインだし、シチリアの高品質白ワインのキープレイス、エトナ山の品種カリカンテを使った『イゾラーノ』も「シャルドネにばっかりデカい顔はさせんぞ」という気概を感じる作品だった。

Isolano ドンナフガータ✕ドルチェ&ガッバーナ ¥6,600
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いずれも、先述のワインたち同様「飲みやすいからスイスイ飲んじゃったけど、よくよく考えればあのワイン、凄かったよね」という程度の、わからなくても美味しいし、わかると凄い、というところでまとめきっているところに職人芸を感じる。

ロゼ ドンナフガータ✕ドルチェ&ガッバーナ ¥6,300
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もちろん、もっとストレートに、凄いワインを崇拝したい人むけの作品もある。ドルチェ&ガッバーナとのコラボワインではないけれど、1995年にドンナフガータがその第一作目を繰り出した『ミッレ・エ・ウナ・ノッテ』(千夜一夜物語)だ。

ドンナフガータ ミッレ・エ・ウナ・ノッテ ¥12,000
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「スーパータスカンの父」ジャコモ・タキスをアドバイザーに迎えて造られたというこのワインは、ストレートにスーパーワイン。複雑で重層的な表現で、今回は、イベントの最後でメインディッシュとともに登場し、「まあ、やろうとおもえば、このくらいはできるんですよ」と、さらっとタネ明かしをされた気分だった。

こういうことをするから、イタリアの天才はカッコいい……