文=酒井政人 写真提供=ナイキ
世界のマラソンを〝支配〟した「厚底シューズ」
世界のマラソンは「厚底シューズ」が〝支配〟したと言ってもいいだろう。2018年のベルリンでエリウド・キプチョゲ(ケニア)が従来の記録を1分以上も縮める2時間1分39秒の世界記録を樹立。2019年のロンドンではブリジット・コスゲイ(ケニア)が女子の世界記録を16年ぶりに更新する2時間14分04秒で突っ走った。
キプチョゲは2019年の非公認レースで人類初のサブ2となる1時間59分40秒で走破。さらに昨夏の東京五輪を圧倒的な強さで制して、オリンピック連覇を果たしている。
国内では設楽悠太(Honda)、大迫傑(ナイキ)、鈴木健吾(富士通)によって日本記録が4度も塗り替えられた。
上記の快走をアシストしてきたのが、2017年にナイキが本格投入した厚底シューズだ。〝魔法の靴〟の出現で、世界陸連は使用できるシューズに制限を課すことになる。2020年にはロード用シューズの靴底は「40㎜以下」、800m以上のトラック種目は「25㎜以下」に改定された。
ソールの厚さに上限ができたとはいえ、他メーカーも続々と厚底モデルを投入。厚底が〝新常識〟になった。国内では駅伝でも厚底の活躍が目立っている。学生駅伝(出雲、全日本、箱根)の出場者でいうと9割以上が厚底モデルを着用しているのだ。
しかし、今後はこの流れがまた変わるかもしれない。なぜなら厚底で大成功を収めたナイキが今度は〝薄底〟のレースシューズを登場させたからだ。それが今年2月24日に発売された『ズームエックス ストリークフライ』だ。
厚底の逆をいく「薄底シューズ」
ナイキアプリ限定の発売とはいえ、「プロトタイプ(試作品)」という名前のカラーは数時間で完売。後日、オークションサイトを覗いてみると、販売価格(税込19,250円)の倍近い値段で取り引きされていた。
ナイキは厚底レースシューズの開発で得た知見を様々なモデルに活用している。そのひとつが2020年4月に発売された中長距離用スパイクだ。
2020年以降に誕生した男女の5000mと10000mの世界記録は『ズームエックス ドラゴンフライ』というモデルがもたらしたものになる。男子3000m障害で日本記録を何度も塗り替えて、東京五輪で7位入賞の快挙を果たした三浦龍司(順大)は前足部にエアが搭載された『エア ズーム ヴィクトリー』を愛用している。
次に我々を驚かすかもしれないのが、先ほど挙げた『ズームエックス ストリークフライ』だ。ナイキが5㎞、10㎞などの短いロードレースやトレーニングを行うアスリート向けに開発したモデルになる。
その特徴は厚底の逆といえる〝薄底〟だ。厳密に言うと、薄底と言い切れるほどではないが、靴底は25㎜強。そして現行のナイキモデルでは最軽量となる172g(26.5㎝)。限られたスペースのなかにナイキの最新テクノロジーが詰め込まれている。