文・写真=豊福 晋

スペイン・バルセロナに住み、サッカーを中心に執筆活動を行なっている豊福 晋さんが、ヨーロッパ各地を旅する紀行文。ガイドブックでは知り得ない生の情報、現地の人とのふれあいを、定期的に届けていきたい。

 

島の奥にひそむ静かな入江

 カロ・デ・モロという名の入江を教えてくれたのは、マヨルカ島に住む航空会社の友人だった。

 長い時間を空の上で過ごし、せっせと地球を周る人たちは、旅先に関して人よりも少しばかり豊かな情報をもっている。

 位置はマヨルカ島の南東部。あたりには自然公園があって、車は途中までしか進めない。そこからは山道を歩くことになる。アクセスの悪さが景観を保つ要因のひとつだという。

 コロナウイルスの蔓延により、島の経済は大打撃を受けた。マヨルカ、イビサ、フォルメンテーラ、メノルカなどで構成されるバレアレス諸島は、2019年には史上最高となる1360万人の観光客数を記録したけれど、1年後にはほぼ9割減の170万人に落ち込んだ。戦争を除けば、古い島民も経験したことのないほどの衝撃だった。

 普段は混んでいるというその入江も、コロナの影響で例年より人が減っているはずだ。近くの村には人気の海鮮食堂もある。そして幸いにも、現在マヨルカ島に大きな規制はない。バル街は深夜までわいわい賑わっていて、アルコールが禁じられることもない。探訪するには悪くないタイミングではないか。

 

バレアレス諸島最大の島

 パルマ・デ・マヨルカ空港に到着すると、ワクチンチェックの係員が待っていた。iPhoneのアプリを開き、接種証明書を見せると、係員は慣れた手つきで画面をスキャンする。入島はスムーズだ。

 国道を南へ。マヨルカは人口約90万人のバレアレス諸島最大の島だ。主要幹線は整備されており、最大の都市パルマ・デ・マヨルカから内部の町々へと繋がっている。車窓から眺める大地は乾いていて、蒼い空の下、オリーブ畑と葡萄畑が交互にあらわれては消えていく。

 ユクマジョル、カンポス、サンタニー。

 内陸の小さな町々を通りすぎる。半時間ほどでたどり着いた、海へと続く最後の一本道は閉鎖されていた。ここからは徒歩になる。行き先は同じだろう、車を停めた人たちはみなひとつの方向へ、巡礼者の行進のように砂埃舞う道を歩いていく。

 ごつごつした岩の隙間に植物が生い茂る道に足を踏みいれると、地中海松の香りがした。山鳥のさえずりが聞こえる。曲がりくねった山道をしばらく進むと、草木の緑の隙間から、透明なブルーがちらちらと見えてくる。切りとられた景色のかけらは、主菜の前にゆっくりと客の期待感を高めていく名店のアンティパストみたいに、一行の気持ちを引き上げていった。

 ふと視界がひらけ、目下に入江が広がった。真珠色の地肌をした、スコーンのような形のきりたった岩が、外海から入江を護るように曲線を描いている。その下で、凪に浮かぶ人の影が、ゆらゆらと水底に踊る。天気は非の打ちどころがなく、季節の終わりの陽光を海原に注いでいた。

 カロ・デ・モロは、たしかに美しかった。