写真・文=のかたあきこ

この春、星野佳路代表のインタビューから始まった連載も今回で最終回。都市観光ホテル、温泉街全体のリノベーションなどの新事業を紹介している最中、新型コロナウィルス感染症の影響で世の中が激変。旅行業界全体が停滞を強いられる中、星野リゾートはマイクロツーリズム、3密回避の旅など、まさに「新しい旅のカタチ」を模索してきた。今回は冬場のスキーシーズンはもちろん、春夏も「雲海テラス」で人気を博す「星野リゾート トマム」を紹介。ピンチをチャンスに、どんな状況でも進化し続ける星野リゾートの今後に注目したい。

「Cloud9(クラウドナイン)計画」のひとつ「1・Cloud Walk(クラウドウォーク)」。雲の上を歩くような感覚が味わえる雲の形をした展望スポット。(写真=星野リゾート)

「雲海テラス」で9つの過ごし方を提案

「Cloud9(クラウドナイン)計画」というプロジェクトが、「星野リゾート トマム」(北海道占冠〈しむかっぷ〉村)にある。これは敷地内のスキー場、トマム山の標高1088mに位置する「雲海テラス」に、9つの展望スポットを設置する計画だ。2015年にスタートし、2020年7月時点で6つが完成。残りも準備が進む。

「2・Sky Wedge(スカイウェッジ)」船の舳先のようにせり出し眺望抜群。(写真=星野リゾート)
「4・Cloud Pool(クラウドプール)」雲の形をした巨大なハンモック状の施設で浮遊感が最高、2017年設置。(写真=星野リゾート)
「6・Cloud Bar(クラウドバー)」バーカウンターのような展望所は2019年夏に誕生。

 プロジェクト名の「Cloud9」は、「とても幸せ」を意味する「I am on cloud nine」にちなむそう。スキー場のゴンドラに乗車して約13分。展望スポットから見下ろす雲海絶景は「この上なく幸せな気分」にさせるというわけだ。

 雲海は春または秋の早朝に起こりやすい自然現象のため、トマムでは雪のないシーズンの旅行者が増加した。2018年秋には雲海テラス来場者100万人を記録。スノーシーズンを上回る収益を生み、トマムは通年型リゾートとなった。

シーズン中は雲海テラスの「てんぼうかふぇ」で雲海サイダーと雲海コーヒーなどが楽しめる。

 1983年に官民共同出資による第三セクターのスキーリゾートとして誕生したトマムだが、バブル経済の崩壊で運営破綻する。星野リゾートによる運営開始は2004年。雪のないシーズンの需要を上げることがリゾート再生の鍵になると、星野佳路代表はグリーンシーズンの雲海観光の可能性に着目した。「雲海テラス」のスタートは2005年。それは雲海を日常的に目にしていた社員のアイデアが大きなヒントになった。ゴンドラなどスキー場を整備する索動チームの鈴木和仁さんをはじめとする社員だ。

「雲海仙人」の名を持つ鈴木和仁さん。

 トマムの雲海テラスは「雲海ブーム」の火付け役となり、全国の観光地には雲海展望施設が続々誕生した。ライバルがひしめく中でトマムが他施設を圧倒するのは、先の「Cloud9計画」にあるだろう。投資を続けて進化をやめない。観光は「まねしやすい」からこそ、あの手この手のアイデアで個性を出して差別化する。それがリピーターを生み、旅の満足度を上げる。

撮影サポートも行う鈴木さん。点在する展望スポットの場所は、施設ができる以前から“隠れ絶景地点”としてお客様を案内していた所だそうだ。

 コロナ期も雲海テラスの人気は高かった。それは星野リゾートが早い段階から三密回避と衛生管理を徹底し、情報発信をやめなかった賜物だ。現地ではゴンドラの拭き上げや各所除菌用アルコール設置などの衛生管理、混雑時の人数制限や同一グループでのプライベートゴンドラ乗車といった三密回避対策も実施。「雲海ガイド」は、スタッフがマイクスピーカーを使用し、ソーシャルディスタンスを考慮して行なっていた。訪れた日は霧雨が降る雲中で、広がる景色はないものの旅行者は熱心にガイドの説明を聞き、敷地をめぐり楽しんでいた。

 雲海は自然現象なので当然同じものは二つとなく、本来はそれだけで感動できるものだ。「雲海に出合えない日は、自然が人間の思い通りにならないことを知る機会と考える」。これは以前、雲海テラスでご一緒した北海道大学教授の言葉。旅で学べる大切なことだと感じて記憶に強く残っている。

 だがSNSの影響で「あの写真と同じ写真を撮りたい、撮れなければ残念」という声も出る。そういう声を受けて「Cloud9(クラウドナイン)計画」があり、様々な演出とスタッフのサービスとでフォローする。それがトマムの雲海を「死ぬまでに一度は見たい絶景」というより、「何度も見たい、また訪れたい」思いにさせるのだ。

 

逆境時こそ強さを一層発揮する古株社員

「星野リゾート トマム」へは新千歳空港からJRもしくは車で約90分。北海道の中心に位置する滞在型リゾートで、客室は「ザ・タワー」と「リゾナーレトマム」をあわせて全735室。4月〜10月のグリーンシーズンと(雲海テラスの営業は10月中旬まで、冬季は霧氷テラスとして活用)、12月〜3月のスノーシーズンに分けられ、装いを変えてゲストを楽しませる。

冬のトマム、客室からの眺望。ショップ&レストラン「ホタルストリート」のあかりが新たな賑わいを伝える(2019年撮影)。

 スノーシーズンは近年、雪を楽しむインバウンドの滞在が順調に伸び、雲海シーズンに劣らず活況を呈した。スキー場も雲海テラスによる黒字をもとにリニューアルが行われ、高速リフトの設置をはじめスキー場が使いやすくなった。

 ゲレンデの中腹にはスキーやスノーボードを履いたままアクセスできる街並み(スキーインスキーアウトヴィレッジ)の「ホタルストリート」が2017年12月オープン。ショップ&レストランがある街並みで日帰り客も通年利用できるとあって、冬季以外の集客に繋がった。こうして通年型リゾートとなることで「需要の平準化」が順調に進んでいた。新型コロナウィルスが発生するまでは・・・。

 北海道は2020年2月に全国に先駆けて緊急事態宣言が発出されて、国内旅行者のキャンセルが増えて宿泊客が激減した。トマムをはじめ近年の北海道はインバウンド比率が高まっていたため、需要が落ち込んだ。また4月初旬から第二波が起こり、北海道は二つのコロナの波に襲われた。トマムは2020年3月の段階ではグリーンシーズンのオープンを4月27日に予定していたが、状況が落ち着くまで休館とし、2020年7月1日の再オープンとなった。

グリーンシーズンの新たな風景をつくりだす「ファーム星野」。

 2020年5月14日放送のNHK『クローズアップ現代』で、コロナ禍で苦しむ観光業界の特集が組まれてこんな場面があった。場所はトマムの会議室。星野代表はスタッフを前にして、こう記者に話していた。

「再生を星野リゾートがやっていたころから一緒にいるメンバーが多くて、業績が悪い時に慣れている。この人なんて、破綻していたホテルにそのままいた人ですから。少々悪くても誰も驚かない。なんか方法があるはずだと」。

リニューアルの客室で2020年秋、渡辺総支配人にお話を伺った。

 この人というのが、2019年12月から星野リゾート トマムの総支配人を務める渡辺 巌さんだ。渡辺さんは星野リゾートのホテル運営の第一号案件(2001年〜)である「リゾナーレ八ヶ岳」からの社員である。破綻した会員制リゾートホテル時代からの社員であり、バーテンダーを夢見て入社し、レストランなど料飲スタッフとして働く中でホテルの破綻と再生を経験している。

 今回のコロナ期のサバイバルを支えている星野リゾートのメンバーには、渡辺さんはじめリゾート再生を過去に経験した古株社員の存在が大きい。東日本大震災の時もそうだった(第4回参照)が、困難をともに乗り越えたメンバーの存在は心強い。経験が味方する。観光人材の大切さ。宿こそ人なのだと、コロナ期の宿取材を通して私が改めて強く感じる点だ。

 渡辺巌総支配人は話す。

「今回のコロナ禍において、有時こそふだん以上に情報共有を徹底して、社員の不安をやわらげ、復活への意識を高めました。インバウンドは1年半こないと想定して、星野リゾートではマイクロツーリズムを早い段階から提唱しました。三密回避と衛生管理を徹底して、夏はファームと雲海テラスなど屋外での魅力を展開し、道内のお客様に対してどういう魅力を訴求していくか。スノーシーズンは国内のみなさまにトマムの冬を楽しんでいただける魅力をたくさんご用意しています」

 これまでも道民による道内旅行が4割を占める北海道で、ウィズコロナ時代のマイクロツーリズムや政府応援のGOTOトラベルキャンペーンなどが効果を発揮し、トマムでは2020年9月は昨年比まで需要が戻ったという。