海外の旅行者が温泉旅館の魅力を評価
2020年7月20日に開業4周年を迎えた「星のや東京」。東京メトロ大手町駅直結の「大手町フィナンシャルシティグランキューブ」に隣接する、地下2階・地上17階建ての温泉旅館だ。ロビーラウンジは2階に設け、客室は3〜16階に全84室。地下には「Nipponキュイジーヌ」を提供するダイニング、最上17階には大手町温泉が楽しめる男女別大浴場と露天風呂、スパルームがある。
1階の玄関で靴を脱ぎ、天井高約5mの通路を進む。全84室のお客様の下駄箱が並ぶ壁も圧巻のデザインだ。館内のほとんどが畳敷きのため、靴を脱いだ状態で寛げる。1フロア6室のみで、各フロアに宿泊者専用の「お茶の間ラウンジ」があり、セミプライベートの空間が独自の世界観を作り出す。
開業以来、外国人旅行者に最も人気を集め、2020年7月に米国大手旅行専門誌「トラベル・アンド・レジャー」の「World Best Awards2020 Top Hotels in Tokyo」において1位に選出された。その喜びを星野リゾートの星野佳路代表は自身のSNSで「インバウンドは来ることができない時期なのですが、世界で最も権威ある旅行媒体の1つにて、星のや東京がNo. 1に選ばれました」と発信した。
新型コロナウィルス感染症がなければ、「東京オリンピック2020」が7月24日より開催されるという好機だった。インバウンド需要は全国で一気に消滅した。加えて東京は、日本人による観光滞在さえ歓迎されないムードが続く。
お客様と作りあげたニューノーマル
近年、予約の半数以上を外国人旅行者が占めていた「星のや東京」は、コロナ禍で多くのキャンセルが発生した。そのため4月8日から全館休業とし、「次の一手を検討する期間」になったのだという。そして4月29日から営業を再開、周囲の多くが休業している中でのスタートだった(外資系ホテルの多くは2020年7月からの営業再開が目立った)。
3密回避策として、通常のオペレーションをやめ、まずはチェックインを工夫した。地下2階の車寄せ又は1階の玄関で最初のスタッフがお客様を出迎え、検温を実施。そして2人目のスタッフがお客様をエレベーターの前まで案内。お客様自身でエレベーターに乗り、客室階へ。そして3人目のスタッフが客室階で出迎え、客室にてチェックインを行う。
スタッフの服部清夏さんは「当初はお客様のお荷物に触れることさえ、お互いに迷いや不安があったと思います」と話す。「この時期にお泊まりいただいたお客様の様々なお声を検討し、現場スタッフと全国の施設とリモートで話し合いをするなど、試行錯誤の連続。ひとつひとつ実践しながら、今できるベストでお客様をお迎えしております」
これまではフロア毎の「お茶の間ラウンジ」で、20分ほど時間をかけてチェックイン業務をしていた。滞在中の要望、観光案内などを行い、続く客室案内では備品をはじめ客室の使い方などを説明する。最上級の快適な滞在を追求するためのこだわりから、直接の会話を要するというジレンマにも気付かされたという。
取材時の2020年6月16日は、「A4用紙1枚」にまとめられた館内利用(ラウンジ・客室・食事・アクティビティ・温泉・スパ案内)での案内にプラスして、客室でのスピーディーで丁寧な説明でのチェックインが行われた。手指消毒用アルコールは全客室とパブリックスペースに設置することをはじめ、衛生管理は徹底している。
「星のや東京」の赤羽亮祐総支配人は話す。
「安心安全のルールを守って旅行を楽しみたいというお客様がおられましたから、私たちは営業を続けていました。しかし一旦休館し、今一度、「最高水準のコロナ対策宣言」ができる体勢にまで準備を重ね、再開の日を迎えました。営業自体に厳しいご意見は当然ありました。恐らくスタッフにも迷いや不安はあった。一方で『こんな状況なのに休息する場所を与えてくれてありがとう』と仰ってくださるお客様が多くて、そういうご意見を頂戴する中でスタッフも気持ちが吹っ切れたように感じます」
コロナ疲れが吹き飛ぶ最上階の温泉露天風呂
今回の滞在で「星のや東京」の魅力はやはり、都心の旅館で体感できる天然温泉だと実感する。地下1500メートルから湧き出た大手町温泉は、含よう素-ナトリウム-塩化物強塩温泉。体を芯からあたためるパンチのある強塩泉の湯をたたえる内湯と露天風呂は最上17階にあり、禅の世界を感じる瞑想空間だ。露天風呂で空を見上げた時、なんだか宇宙とつながる感じがした。湯上り後のスッキリ感、コロナ関連による日頃の疲れがこんなにもあったのかと驚く。
星野リゾートでは、大浴場の混雑度がスマートフォンでわかる「3密の見える化」サービスを2020年6月1日から一部の施設で開始。わずか6週間でアプリの開発に至ったという。
客室にも広いバスタブがあるので、大浴場がまだ不安だという方は、旅館の部屋風呂からはじめるのもいいと思う。入浴でのリラックスにプラスして、ふわふわで寝心地のよい最上級の寝具が安眠へと誘う。温泉旅館の大きな魅力のひとつに、普段以上に熟睡できることがあると感じている。それは温泉や入浴、睡眠に関する書籍などからも学び取れる。
また夕食は個室と半個室を有するダイニングでのコース料理「Nipponキュイジーヌ」か、客室でいただける。客室ではルームサービスを進化させ、コース料理を御膳に仕立てた「星のや東京御膳」が供された。一の重から順番に、前菜、メイン、サラダとデザートと、コース仕立てになっている。朝食も客室でゆっくりと味わえ、和朝食か洋朝食が選べる。
翌朝、オフィスビル群を照らしゆく朝日と旅館外観の麻の葉くずしの模様が作り出す陰影の美しさに心を奪われた。ゆったりとした空間と太陽の光が目覚めを気持ちよくさせる。
都心高層ビルの宿命で窓は開けられないが、生い茂る森の木々は東京のど真ん中ゆえ当然ないけれど、館内随所の「歳時記のしつらえ」が季節を豊かに感じさせ、2階ラウンジでの風に揺れる木々の見晴らしが心地よかった。
東京でしか体感できない滞在の魅力
翌朝、屋外で朝のストレッチ「めざめの朝稽古」が行われた。ご一緒したご婦人は首都圏在住で連泊中とのこと。「スタッフとおしゃべりしたい気持ちを自粛しているから少し寂しいな」と仰るので、僭越ながら「2階ラウンジに出かけてみてください。美味しいお茶を淹れてくれますよ」とお客様にご提案した。
2階ラウンジは夕方の「はじめの一服(お茶と季節のお菓子)」、夜の「SAKEラウンジ」をはじめ、以前より席の間隔を空けるなど、新たなスタイルでのふるまいを時間ごとに行なっている。そこでのお茶がとても美味しかったので、思わずスタッフに話しかけた。担当のスタッフが東京の専門店で全国のお茶とお酒をプロとセレクトしているという。
こういう会話が気軽にできるのも、旅館のよさと思う。たとえマスク越し、物理的距離を保つ今であっても、心の距離が近い。そして日本各地の美味しいものが揃うのも東京のよさなのだと改めて感じた。
人力車で行く日本橋巡りという新たなアクティビティも楽しかったが、これはその本家の浅草も取材してまたの機会に書こうと思う。
東京は国内外の素晴らしいものや最先端が集まる都市であり、歴史も深い。「星のや東京」での滞在は、それを知るきっかけとなる。人と人、人とモノ、人と時代をつなぐ温泉旅館。まずは首都圏のみなさん、そして全国のみなさん、外国のみなさん、また東京におこしください、滞在をぜひ、という気持ちで今はいっぱいだ。