星野リゾート代表・星野佳路さん 写真=徳永徹

緊急時こそ問われるリーダーのあり方

「お客様が戻ってきた時に、我々は強いチームになって復活しよう。大変な試練だけれども必ずや消えていく困難だから、精神力とチームワークでこの試練を乗り越えていこう」

 これは東日本大震災から5日後に、星野リゾートの星野佳路代表が社内専用ブログで全社員に向けて送ったメッセージだ。月刊誌『一個人』2011年8月号(ベストセラーズ)の「これからの日本、これからの観光」という特集で、私は先の文章を前文にして4ページ記事を書いている。

 この震災から9年目の2020年3月11日は、世界中が新型コロナウイルスの猛威にさらされていた。2020年4月現在、日本では全国に緊急事態宣言が出され、外出自粛や休業要請の日々に終わりが見えない状況だ。ふだんの暮らしはいつ戻るのか。観光はいつ元の姿に戻り、以前の勢いを取り戻せるのか。

 第4回は未曾有の大震災を体験した2011年の振り返りからはじめようと思う。

 

被災地でスキーイベントを開催

 東日本大震災発生後、東北にある星野リゾートの6施設は休館や避難家族の受け入れに追われていた。6施設とは「アルツ磐梯スキー場」を含む福島県の3拠点(磐梯山温泉ホテル、旧・裏磐梯猫魔ホテル)と青森県の3拠点(奥入瀬渓流ホテル・青森屋・界 津軽)である。アルツ磐梯では、原発事故で混乱する福島県にありながら、避難中の子供達に向けてスキーイベントを行なっていた。

 星野さんは当時、こう話していた。

「磐梯山温泉ホテルにはピーク時で約250名の被災家族がおられました。私が特に心配したのは子供達でした。子供達が退屈そうに階段で遊んでいる姿を見て、何かしなければと思い、スキーイベントを行いました。当社関係のスキーインストラクターがすぐに集まってくれて、子供達はとても楽しそうでした。受け入れ施設は単に安全を確保すれば済むものではなく、楽しい体験の場を提供し、勉強の時間も含めて対応する必要を感じました」

 星野リゾートでは震災の年、全社ホームページで“がんばろう、子どもたち”キャンペーンを実施した。これは宿泊代金の一部を、国際援助団体「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」に支援金として提供するというものだった。

 子供への支援に絞った理由を星野さんは、「私達らしい納得できる活動とは何かを考えました。普段お越しいただくお客様との連携の中でできることは何か。国内にある当社施設の43%が子供連れ家族ですから、ファミリーは私達にとって大事なお客様なのです」と話した。

 星野さんはこれまでもファミリー客を大切にしてきた。星野リゾートの施設ブランドのひとつ「リゾナーレ」は、「大人のためのファミリーリゾート」をテーマにする人気ブランドである。リゾナーレについては後日の連載で、2019年11月に開業したリゾナーレ那須(栃木県那須町)を中心にして紹介するつもりである。

 

ネガティブをポジティブに

 話を冒頭の東日本大震災時の全社員メッセージに戻す。

 星野さんは「とにかく社員を安心させる」ことを徹底したという。「予約キャンセルが続くのは自分達のせいじゃない。お客様を待っているこの時間を無駄にしないでおこう。一層魅力的にお客様をお迎えできるよう力を蓄えて、震災以前よりも強いチームになって復活しよう」という言葉でメッセージは続いた。

 2011年6月の取材時、星野さんはこうも語っていた。

「国内観光は意外に速くその需要が戻ると思っています。一方、海外からの観光はダメージが相当大きくて、戻るのに時間がかかると予想しています。安全復活の条件としては原発の廃炉宣言が必要で、ある程度の年月をかけないと本当の意味で観光が戻るとは思いません。特に風評被害にある福島県はそうだと思っています。

 観光地はイメージが大事です。安全で健全な状態になってもすぐに旅行者は戻ってきません。だから行ってみたいと思う“新しい魅力”の提案がすごく大事です。日本の魅力って何だろうと、もう一度考え直して商品をつくりかえる機会だと私は思っています。例えば日本の車や工業製品は国内と海外で販売商品を変えています。車ではハンドルを左に付け替えるなど海外仕様にしています。私達の温泉旅館も、スキー場も、観光資源も、海外旅行者のニーズをもう一回把握して、組み立て直すということをいよいよやっていかないといけない。こんな魅力的なものがわが観光地には実はあるんです、ということを、いかに発信できるかが勝負です」(2011年取材より)

 

テレワークプランとマイクロツーリズム

 有言実行が功を奏し、インバウンド需要が各温泉地や施設で伸びてきた矢先、新型コロナによる経済の大打撃。SNSからは連日、「助けてください」の悲鳴が、全国の旅館や商店から聞こえる。命が最優先は大前提として、どうすればよいのだろう。どうなっていくのだろう。

 日本観光を世界に発信するキーパーソンとして、現在もリモートワークなどでメディア取材を受け続ける星野さん。最近の記事を一読者として見ると、リスクヘッジを慎重に行なってきた星野リゾートでも、これまでとは深刻さの度合いの違いを感じる。

 ただスタッフに対しては、東日本大震災の時と同様に、リーダーはまずはスタッフに安心感を与えることに重きをおき、一緒に頑張ろうと励まし続ける。最大の試練に対して、精神力とチームワークで乗り越えていくしかないと説く。

 今回の試練では早々に各施設で3密回避に配慮した「テレワーク滞在プラン」を立ち上げるなどしている。また最近のメディア発信で星野さんは、今後の観光の未来をこう語っている。最後にコメントをご紹介したい。

「いま観光にはいろいろな面で逆風が吹いていまして、私たちはその真っただ中にいます。日本の観光がこれからどう生き延びていけばいいのか、私たちの企業も含めて必死の努力を続けています。

 1年〜1年半かかって需要が戻ってくるかもしれませんが、その時に今の需要のあり方はもしかすると大きく変わっているかもしれない。コロナウィルスの影響が収束に近づくにつれて、ある日突然需要が戻るわけではなく、だんだんと需要が戻ってくることを私は想定しています。ここ10年話題になって成長してきたインバウンドの戻りは、おそらく最後の最後になるというのが私の感触です。

 そこで私は「マイクロツーリズム」を提案したいと思っています。「自分たちの地元や地域を観光してみよう」ということです。自分の家から10分、15分、30分、1時間の範囲の観光です。そこを私たち観光事業者も、まず需要が戻ってくる時にマイクロツーリズムを提案してはどうかと思っています。

 これメリットはいくつかありまして、ひとつめは、今までも「マイクロツーリズム」のお客様はある程度いらしていたので、需要がしっかりとある。もうひとつは県をまたいでなど長距離を旅行するわけではないので、ウイルスの拡散につながりづらいのが2つめ。3つめは私たちの大事な観光人材の雇用を維持できる、ということです。

 そして最後4つ目は、今まで私たちは首都圏や関西圏そしてインバウンド、中国、ヨーロッパ、アメリカなど遠いエリアに住む方々を一生懸命ターゲットにしてきましたが、この機会に、地域の方にもう一度、その地域の魅力を再発見していただくことに繋がるのが4つめのメリットだと考えています。地域の魅力を地域の方に知ってもらわないことには実は観光は強くならないのです。

 新型コロナウイルスで私たちは大変なダメージを受けていますが、転んでもただでは起きない、という状態にしていきたい。日本の観光が復活する時には、地域の人たちが地域の魅力を知っていることは、私は世界に対して日本の観光の強さをアピールできる、とても大きな力になると思っています。

 新型コロナウイルスの前よりもパワフルな観光にしていきたい、そういう風に努力していきたいと思っています(星野さん2020年4月下旬コメントより)」