翌朝、8時の鐘がなる前に目を覚まし、息を巻いてたどりついた2度目のカロ・デ・モロに、あの警備員はいなかった。行列もなかったけれど、白い砂の上にはすでに何人もねそべっていた。最初の入植者たちの縄張りをかき分け、岩場にたどりつく。水面のすぐ下で、小魚が朝陽を浴びてゆらゆらと泳いでいた。
この僻地にバルなどあるわけもなく、しかも一度出てしまえばもう戻れない特殊な環境だ。誰もがハモンやケソを持参している。大事に抱えてきた島のビール、ロサ・ブランカの華やかな薫りが、舌先に微かに残る海の味をすっきりと洗い流してくれた。
カロ・デ・モロからそう遠くない、セス・サリナスという村にボデガ・バラオナという地元の人気店がある。この店、メニューはあってないようなもので、席に着くとその日に獲れた魚介の説明を延々と受けることになる。
「まあ、今日はイカでしょうね」
髭の店員は誇らしげにいった。
テーブルの前でイカを解体
「一本釣りなんです、うちのは。もちろん全部この島で獲れた定番のひと皿です。今朝はいいのが入ってきた」
彼は、ほらここが墨袋、こっちが内臓で、といったぐあいに、テーブルの前でイカを丁寧に解体していった。
第二次世界大戦末期にはじまった歴史ある店だからか、すでに客足は戻っているという。店内で働いているだけで1日20キロ歩くこともあるんだと豪語し、イカの解体人は足もとのOnの新作スニーカーを見せてくれた。
主菜に選んだのはバレアレス諸島名物のガヨ・デ・サン・ペドロ(マトウダイ)だ。上質な白身の、ふわりと繊細な味は、見た目の奇怪さからはとても想像できない。
今夏、マトウダイをはじめバレアレス産の魚介の値段は高騰した。州政府の漁獲量規制に高まる外食欲が重なり、需要と供給のバランスが崩れたという。観光が回復を見せる中でおきたマトウダイの値上がりは残念だけれど、島の立ち直りを考えると、これもいい兆候なのかもしれない。
いつのまにか満席になっていた。接客が追いつかなくなったのか、自慢げなイカの説明はもう聞こえない。お気に入りのスニーカーは、今日も20キロを踏破することだろう。
コロナをのりこえ、マヨルカは日常を取り戻しつつある。蒼い入江へと歩む人々と漁村の風景、そして名店のにぎわいに、いつもの日々の充実感が漂っていた。大都会パルマ・デ・マヨルカ、ネオン輝くバル街の喧騒にさえも。
魅惑の入江と村々は、まだまだ島のあちこちに散らばっている。ふと地中海の地図を眺めるとき、印がつけられたあまたの行き先の数々が、静かに誘いかけてくる。