文=小松めぐみ 写真=銀座 稲葉

外国人も唸らせる日本料理

 2021年の七夕の夜。外出自粛による静けさが漂う銀座8丁目の路地で、風格ある外観が目を引く日本料理店「銀座 稲葉」が開業した。店主の稲葉正信さんは「コンラッド東京」(東京・汐留)や「アマネム」(三重県・伊勢志摩)の統括料理長を務め、文化庁長官表彰を受賞した巨匠だ。

 長年ラグジュアリーホテルで活躍してきた稲葉さんの料理は、日本の四季や文化的背景を知らない外国人でも理屈なしに楽しめるような、メリハリのきいた華やかなスタイル。「温故知新」をモットーに試行錯誤を繰り返し、世界への発信力をもった料理に発展させるのが“稲葉流”である。

 たとえば昔ながらの日本料理は野菜と魚が中心の献立だが、稲葉さんは現代人の感覚に寄り添い、トリュフもフカヒレも和牛も使用する。それでも決して創作に転ばない日本料理と、卓越した職人技を間近に見られるのが「銀座稲葉」だ。

店主の稲葉正信さん。2012年には台湾でも日本料理店のプロデュースに参画し、日本料理を海外で発展させた功績が認められて2014年に文化庁長官表彰を受賞した。

 「銀座稲葉」のおまかせコース(33,000円)は、約10品。ここからは、その一例を紹介しよう。夏の先付は「ゴールドラッシュのもろこし豆腐」。「ゴールドラッシュ」という品種のとうもろこしの甘みをキャビアの塩気が引き立て、甘く香ばしいみたらし餡が“焼きとうもろこし”を連想させる一品だ。

夏の先付「ゴールドラッシュのもろこし豆腐」。ディナーのおまかせコースは33,000円〜。

 お椀は、鮑と雲丹をふんだんに使った青森県の郷土料理「いちご煮」。旬の鮑と雲丹が磯の香りを運ぶこのお椀は、漁師の浜料理をルーツとするもの。しかし「銀座 稲葉」の「いちご煮」は、洗練された都会の料理の趣だ。

旬の鮑とウニを贅沢に使ったお椀「いちご煮」。吸地にもしっかりした旨味があるが、澄んだ味わい。

 おしのぎは、稲葉さんが「アマネム」の統括料理だった時代に考案して好評を博した「トリュフ蕎麦」。冷たい蕎麦にうずらの卵とトリュフを絡めると、蕎麦の野趣と卵のコクとトリュフの香りが調和し、美食欲が呼び覚まされる。

スペシャリテの「トリュフ蕎麦」。

 続いて鼠志野の向付で出される「ハモの生造り」は、煎り酒の泡をのせたもの。煎り酒の泡は、白ワインとの相性も抜群だ。そして次の焼物は、脂ののった太刀魚の炭火焼。カウンター席に座れば、鮮やかな手際でハモを骨切りする音や、一目で一級品とわかる魚に串を打ち、炭で焼く様子も楽しめる。

鮮やかな万願寺唐辛子のソースで楽しむ「太刀魚の炭火焼」。太刀魚は千葉県・館山産。

 コースの後半は、迫力のある品々が登場する。たとえば土鍋でグツグツと煮えながら運ばれる「鱶鰭旨煮(ふかひれうまに) 小鍋仕立て」は、「銀座 稲葉」の開業に際して稲葉さんが考案した新作。繊維の太い大判のフカヒレと毛ガニ、はまぐりを、鶏白湯と魚介出汁を合わせたスープで味わう土鍋料理だ。

 続いて供されるのは、カウンター内の“おくどさん”の炭火で焼いた「黒毛和牛のシャトーブリアン(フィレの真ん中の部位)の網焼」。旨味あふれる和牛の網焼きがコースの流れに不思議なほど馴染んでいるのは、和牛特有の香りや口当たり、そして焼き加減の影響もあるのだろう。かつてポルトガルの揚物が天ぷらとして根付いたように、ステーキも炭火焼として日本料理の体系に取り込まれつつあるのだろうか? ふと、そんなことを思ってしまう肉料理だ。

箸でも切れるほど柔らかな「黒毛和牛シャトーブリアンの網焼」。自家製の醤油ダレが添えられる。

 〆の食事は、「鯛めし 銀座 稲葉スタイル」又は「伊勢海老担々麺」又は「マグロ漬け丼」の三択。甘鯛のアラのスープで炊いたご飯に甘鯛の身と九条葱を混ぜ込んだ「鯛めし」は、米の一粒一粒に旨味が染みわたり、深い満足感を誘う。そんな夏のコースの最後を締め括る甘味は、きりっと冷えた「唐柿氷菓子」。トマトの甘酸っぱさと、青い香りの余韻が美しいかき氷だ。

 店内は個室を含め16席。凛とした空間で旬の味覚と器を愛で、四季を味わう喜びに浸れる新店だ。

店内はカウンター8席と個室(〜8名)。個室は2部屋に仕切ることもできる。