文=小松めぐみ 写真=山下亮一
「6つの危ない物語」
2020年11月現在85歳の映画監督、ウディ・アレン。多作な彼の作風にはいくつかのタイプがあるけれど、地元ニューヨークを舞台にしたものは軽妙で、見ているだけで気分がふわっと軽くなる。そんな軽妙なテイストに笑いの要素をたっぷり加えた「6つの危ない物語」(2017年)は、Amazonプライムビデオで独占配信するために撮られた全6話のコメディドラマだ。
ウディ・アレンの作品には食事の場面が印象的なものも多いが、1960年代のニューヨーク郊外を舞台にした「6つの危ない物語」も然り。最初に登場する食のシーンは、アレン自身が演じる初老のコピーライター、シドニー・J・マンシンガーの自宅の台所だ。そこには「イチヂククッキー」や「イベリコ豚」の買い置きがあり、マンシンガーの人柄を表す小道具的な役割を果たしている。「食は人なり」と言われるように、食べているものはその人を表す。アレンが自分の映画で主演する場合の役柄はユダヤ系アメリカ人である彼の分身であることが多いから、その前提で推理を働かせると、「イチヂククッキー」はイチヂクなどのドライフルーツを三角形のクッキーに詰めたユダヤの伝統菓子「ハーマンタッシェン」のことだろう。また、「イベリコ豚」は日本でも食通に人気のスペイン産の銘柄豚だが、豚は豚。ユダヤ教では戒律で食べることが禁じられている。それを「毎週金曜日の朝に食べるために買ってある」というのは、マンシンガーが敬虔ではないことと、建前に従う人物であることを示す台詞だ。つまり金曜日の夜(ユダヤ教の安息日)の食卓には家族が集まる手前、戒律を守っているフリをしなければならないから、朝のうちにイベリコ豚を食べているのである。「毎週金曜日の朝に食べるためのイベリコ豚」という短いフレーズには、窮屈な建前を尊重するマンシンガーの小心ぶりと老獪さが凝縮されていて、小さな笑いを誘う。
タコスとブリトー
次に印象的な食のシーンは、第三話でマンシンガーが取引先と共に訪れるランチタイムのダイナーだ。その店で取引先が食べているのは、大きなスープ皿に盛られたクラムチャウダーと、タコス入りのランチプレート。後ろめたい事情を抱えて挙動不審なマンシンガーは、タコスの中に盗聴器が仕掛けられていると言って店を出てしまうのだが、とぼけた顔で窮地を切り抜ける描写がジワリと可笑しい。
この場面ではまた、ビジネスマンのランチプレートの中に「おかず」としてタコスが盛り込まれていることにも注意を引かれる。日本人の多くはタコスに対してワンプレートで完結する軽食的なイメージを持っていると思うが、この場面ではあたかも弁当箱の隅に詰められた焼売のような存在感で、皿の中にタコスが盛り込まれているのである。ぼんやり画面を見ているとマンシンガー爺さんに笑わされて終わってしまうが、皿の中をよく見ると「タコスはおかずだったのか」と、目から鱗が落ちる。
ちなみに、この場面に登場するタコスは、「ハードタコス」あるいは「ハードシェル」と呼ばれるクリスピーな皮ではなく、小麦粉でできた柔らかな「トルティーヤ」で具を包んだもの。東京でこれに近いものを食べるとしたら、おすすめは東京・丸の内の「ムーチョ モダンメキシカーノ」だ。柔らかなトルティーヤを軽く焼き、肉(チキンまたはビーフ)やチーズ、豆の具材を巻いた「ブリトー」は、ディナータイムのメインとして用意されている定番料理。
表面を軽く焼いた「ブリトー」のもっちりした皮にナイフを入れると、上から白いサワークリームが流れ落ち、それと同時に皿に敷かれた赤い「チポトレ」ソースがブリトーの表面に絡む。それをフォークで刺して口に入れると、サワークリームや「チポトレ」ソースや肉、チーズ、豆の旨みが渾然一体となって広がる。皿にはグリーントマトを使った緑のソース「サルサヴェルデ」も添えられており、これも付けると爽やかな味の変化が楽しめる趣向だ。
ところで、ドラマに登場するのは「タコス」なのにこれは「ブリトー」ではないか、という突っ込みを受けそうなので、説明をひとつ。「タコス」と「ブリトー」は、どちらもトルティーヤで具材を包んだメキシコ料理。小さなトルティーヤを二つ折りにして具を包んだものが「タコス」と呼ばれ、大きなトルティーヤで具材を巻いて包んだものが「ブリトー」と呼ばれている。両者の違いは大きさなので、今回はそこには目をつぶり、美味しさに太鼓判を押せるものを紹介した。「ムーチョ モダンメキシカーノ」を運営する株式会社ヒュージには、メキシコ人の商品開発アドバイザーがいるため、味は間違いなく本格的。焼き立て熱々のブリトーを頬張れば、ウディ・アレンのコメディよろしく、軽妙な気分で冬を乗り切れそうだ。