文=小松めぐみ 写真=山下亮一
長編小説「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」
村上春樹の小説にはさまざまな食べ物が登場するが、特によく出てくるのはサンドイッチやパスタなど。食べ物が身近なものだからか、飲食の場面になると登場人物がぐっと身近に感じられる。この現象は、長編小説「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」でもあてはまる。架空の世界の“計算士”である主人公が仕事の合間に「キュウリとハムとチーズのサンドイッチ」を食べ始めると、急に彼に対して親近感が湧くのだ。
さて、主人公はライフスタイルにこだわりを持ち、サンドイッチにも一家言をもつ男性である。そんな彼は自分が食べたサンドイッチの美味しさを振り返り、パンが新鮮でハリのあるものだったことや、レタスがしっかりしていたこと、マスタードが上物だったこと、マヨネーズも手づくりか手づくりに近いものだったことを評価している。また、一緒にサンドイッチをつまむ老博士が“ぱりぱりと小さな音をたててキュウリをかじる”という描写もある。語り口は淡々としているが、これは相当レベルの高いサンドイッチだ。さらに読み続けていくと、無性にサンドイッチが食べたくなってくる。こうなったら本を閉じて、食べるしかない。ここに出てくるような「キュウリとハムとチーズのサンドイッチ」を食べられる店といえば、小石川の「キノーズ・マンハッタン・ニューヨーク」だ。
アメリカ帰りのオーナーが作る本格サンドイッチ
地下鉄茗荷谷駅から徒歩6分ほどの大通りに面した「キノーズ・マンハッタン・ニューヨーク」は、2004年にオープンしたサンドイッチとハンバーガーの店。アメリカ在住経験の長いオーナーの木下也寸志(やすし)氏が作るサンドイッチは、軽食感覚の日本のサンドイッチとは異なる、本場の食べ応えのあるサンドイッチだ。
木下氏がこの店を作ったのは「本場のパストラミサンドを紹介したい」という想いからゆえ、サンドイッチの看板メニューは「ビーフパストラミ」(ビーフパストラミは塩漬けにした牛肉を燻製してスライスしたもの)。しかしサンドイッチは他にも30種類以上あり、さらにオプションも豊富だ。だから、たとえ食べたいサンドイッチがメニューに載っていなくても、オプションを駆使すれば大抵のものは食べることができる。実は「キュウリとハムとチーズのサンドイッチ」も、メニューには載っていないけれど、オプションを使って注文することが可能。たとえば「キュウリ&チーズ」にハムのトッピングを追加すると、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」のイメージにぴったりのサンドイッチができる。
木下氏は主人公と同じく、「良いサンドイッチを作るためには良い包丁が不可欠」という考えの持ち主。新潟の「庖丁工房タダフサ 」の包丁でスパッと切られた分厚いサンドイッチは、断面の美しさも見事だ。この包丁、なんと予約で3年待ちという人気商品なのだとか。
選び抜いた包丁とパン、具材、調味料
道具に続いて材料に注目すると、パンは木下氏が知り合いのパン屋と共同開発した「十穀イギリスパン」。白い食パンを使わない理由は、具材が多いアメリカンサンドイッチの場合、具材にパンが負けてしまうため。実際、アメリカではライ麦パンや酸味のあるパンがよく使われるが、日本では馴染みがないため、日本人に受け入れられる範囲で“具材に負けない存在感”を出したのが「十穀イギリスパン」なのだとか。
日米の違いはマヨネーズにもあり、日本のものは酸味が強いため、木下氏はアメリカのマヨネーズに近いものを厳選。これは形式的な理由だけでなく、酸味の少ないマヨネーズを使う方が具材の野菜の旨味が生きるというメリットがあるからだそうだ。また、マヨネーズは使い方もアメリカ式に従い、バターの代わりにパンに直接塗っているという。
ちなみに木下氏によれば、キュウリのサンドイッチの作り方は米英で違いがあるとのこと。違いを尋ねると、アメリカではキュウリとチーズにアルファルファを組み合わせるのが定番だが、イギリスではキュウリにコンソメパウダーを振ってからチーズをのせるのが一般的だと教えてくれた。
果たして「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」のサンドイッチはどちら式か?といえば、私はアメリカ式だと思う。それはこの小説を読んでいる時に、アメリカ文学の邦訳を読んでいる時のような感覚を覚えるため。というわけで、読書のお供には「キノーズ・マンハッタン・ニューヨーク」のサンドイッチがおすすめだ。
ハンバーガーやサイドメニュー、ケーキなども楽しめる。サンドイッチはデリバリーやテイクアウトも可能。デリバリーの最低注文金額は配送エリア毎に異なる。