文=小松めぐみ 写真=山下亮一
「二番煎じ」に触発されて
古典落語「二番煎じ」の舞台は、冬の夜の番小屋。そこには町内の旦那連中が、夜回りをするために集まっている。番小屋での飲酒は禁じられているのだが、寒さに備えて酒を持参した者や鍋を背負ってきた者がいて、酒盛りがスタート。ただし役人に見つかってはまずいので、酒は土瓶に移して「風邪の煎じ薬」に見せかけ、燗をつけて飲んでいる。その“口直し”は猪鍋で、落語家が呑んだり食べたりする仕草は、いかにも美味しそう。見ているだけで呑みたくなってしまう。
お酒と猪といえば、日本酒と猪鍋が合うのと同じく、ワインと猪のローストも抜群の相性。猪肉そのものの美味しさをストレートに満喫できるのは、むしろローストの方だ。薄切り肉を味噌仕立てなどにする猪鍋よりも、塊肉を豪快に焼く西洋料理の方が、肉の旨みに迫力がある。そんな猪料理を味わえるのが、恵比寿のイタリア料理店「マジカメンテ」。かつてイタリア中部ウンブリア州で研修を受けた際に猪の美味しさに目覚めたという佐藤崇行シェフが、猪を使ったパスタやメインを用意しているのだ。
ウンブリア州のオルヴィエートは、猪の産地。佐藤シェフが研修を受けた老舗リストランテでも猪を様々な方法で料理していたが、中でも「薪焼き」には、「焼いただけなのに何故こんなに旨いのか!?」と感動したそう。その理由を研究したシェフいわく、「薪を燃やし、“おき火”状態にして、近距離で肉を焼くと、表面がパリッと香ばしく焼き上がり、ふんわりと鼻に抜ける木の燻製香がつきます。だから美味しいんです」とのこと。
野性味はあっても臭みがない
「マジカメンテ」で秋から3月末まで楽しめる「猪のロースト」は、猪の塊肉を薪で焼いてエキストラ・ヴァージン・オリーブオイルを垂らし、佐藤シェフがオルヴィエートで感動した味を再現したもの。ジビエ特有の野性味はあっても臭みがないのは、シェフが仕入れを厳選し、管理に細心の注意を払っているためだ。
「猪の美味しさは、猟師の腕と鮮度にかかっています。血の抜き方など、処理の仕方でも味が変わるので、私が使っているのは長野や鳥取、岐阜の信頼する猟師さんから取り寄せたものだけ。肉を送ってもらう際も、真空をかけずにサラシで巻いて、蒸れないように気をつけています」
絶妙な火加減で焼かれた猪のローストは、緻密な肉質で歯切れがよく、噛むほどに濃厚な旨みが広がる。佐藤シェフがオルヴィエートで親交を育んだワイナリーの辛口の赤ワイン「ロッソ ディ ネーリ」と共に楽しめば、果実味のある複雑な香りが猪の力強い旨味を引き立て、ほどよいタンニンが脂を切ってくれる。健啖家と共にテーブルを囲めば、「二番煎じ」を演じる落語家のような表情が見られそうだ。