文=小松めぐみ 写真=山下亮一

カクテルコース(¥8,500)や「即今コース」(¥15,000)で使用される小間「笊籬菴(そうりあん)」。バーテンダーが茶道の点前のようなカクテル点前を披露してくれる。

新年に見聞きする「勅題」

 「勅題」とは、天皇陛下が出題する詩歌のお題のこと。現代人が勅題という言葉に接する機会といえば、新年恒例の皇室行事「歌会始の儀」だろうか。勅題を詠み込んだ歌が披露される歌会始の儀の様子は各メディアで報道されるので、多くの人は新年に勅題を見聞きしているはずだ。

 令和最初となる今年の勅題は「望」。歌会始では「望」の一字を読み込んだ歌が披露されたが、市中では老舗和菓子店などでも勅題にちなんだ創作活動が行なわれた。たとえば「虎屋」は「望の光」と題し、黄色の琥珀羹と道明寺羹と煉羊羹を組み合わせて“希望の光”を連想させる羊羹を販売。勅題にちなんだ和菓子は他にもさまざまな店で作られたが、概ね1月半ばには販売が終了してしまったようだ。

 しかし、東京・青山の骨董通りには、勅題菓子ならぬ「勅題カクテル」を一年中味わえる場所がある。その店「即今」は、茶道宗和流の18代目、宇田川宗光氏が営む異色のレストラン&カフェ&バー。和の趣あふれる店内で提供されているのは、端正な茶懐石(コースは要予約)や、抹茶、精進料理、日本酒やカクテルなどのアルコールと肴などだ。

正座が苦手な人でもくつろげるよう、席は足をおろせるようになっている。

 料理の味わいは正統派だが、異色なのは店内の造り。地下の店内には趣向を凝らした座敷が3つあり、いずれも点前座がある茶室なのだ。しかも正座が苦手な人でもくつろげるよう、席は足をおろせるようになっている。またフルコースに相当する「即今コース」は、3つの座敷を移動しながら楽しむという演出も独特。具体的には座敷その1(小間「笊籬菴」)でお菓子をいただき、座敷2(小間「即今」)で薄茶を点前で一服いただき、座敷3(広間)で懐石を楽しみ、最後に再び座敷1(小間「笊籬菴」)でカクテルと肴を楽しむ、という具合だ。この演出は、宇田川氏が茶道の“茶事”の流れを初心者向けの体験にアレンジしたものだとか。

名物ドリンク「勅題カクテル」

バーテンダーの濱崎氏が「希望に満ちて楽しい世の中であるように」という願いを込めて作った勅題カクテル「望」¥1,200(税込)。表面に浮かんでいるのはぶぶあられ。別添えの塩小豆をお供に。

 さて、こちらの「勅題カクテル」は、前述の懐石コースの締め括りにいただいたり、この一杯だけを単独で楽しむこともできる名物ドリンク。今年の勅題にちなんだカクテル「望(のぞみ)」は、小豆リキュールと甘酒、抹茶、モミの木のリキュールを使ったもので、やさしい甘さと清涼感が魅力的だ。味わいもさることながら、このカクテルは何が勅題と結びついているのか、バーテンダーの濱崎歩氏に種明かしをしてもらうのも楽しみのひとつ。昨年は「光」という勅題から光源氏の源氏物語をモチーフとし、紫の上にちなんでバイオレットリキュール、藤壺にちなんで藤の花の蜂蜜などを使っていたが、今年は一体どうやって材料が選ばれていったのだろうか?

 濱崎氏いわく、今年は「望」という勅題にちなんで「望粥(もちがゆ)」をモチーフとし、そこからイメージを広げたとのこと。

 「望粥とは、小正月の1月15日に作る小豆粥の別名です。望粥の材料は小豆と米なので、これをカクテルの軸とし、小豆リキュールと甘酒を使いました。さらに抹茶とモミの木のリキュールを加えて、爽やかな味わいに仕上げています」と濱崎氏。抹茶の緑色は、長い冬に待ち望む春を告げる春告鳥や、雪の下で萌え出ずる雪間之草を表現しているのだとか。

店内の広間「爤酔亭(らんすいてい)」では、予約なしでカクテル1杯だけを楽しむことも可能。席料¥1,000。

 まるで短歌のようにお題を詠み込んだカクテルは、味覚も情緒も満たしてくれる優雅な味わい。お酒も文化も楽しみたい方は、飲会始に勅題カクテルを楽しんでみてはいかがでしょうか?