自然に囲まれた暮らし

平野:歳を重ねられて、ほかに何か変化はありますか。

高橋:ぼくはいま、長野県の避暑地に家を建てているんです。もともと釣りが趣味で、もう40年くらいやっているんですが、この20年くらいはフライ・フィッシングがメインなんです。それで敷地に小川が流れてる場所を探して、やっと見つけて、家建てて、残りの人生をそっちでと思っていて。

平野:海釣り派から川釣り派になるって、大きな心境の変化なんですか。どちらもやろうということはないのですか。

高橋:どちらも好きなんですが。海釣りは、ずっとイシダイ専門のクラブにいたんです。イシダイ釣りはヘビーなので、何度も死にそうになりました。そのクラブはミュージシャン、エンジニア、プロダクションの社長など、業界の人たちとつくったのですが、みなさん忙しくて集まるのがだんだん難しくなってきた頃に川釣りに出会ったんです。自然の川と向きあうのもなかなか厳しく、最近は膝がヤバいですけど(笑)。

平野:音楽、ファッション、それに趣味の釣りと、いろんな活動をされていますけど、それはゆるやかに繫がってるんですかね。それとも、かなり違うこととして、同時におこなっているんですか。

高橋:釣りをしているとき、新しい曲とか思いつくんですかって、よく訊かれるのですが、それはまったくないですね。急にあるメロディが頭のなかでループするときがあるのですが、何でこれがいま頭のなかで鳴っているんだろうっていう音楽なんです。たとえば、昔のコマーシャルソングとかね。

平野:音楽や服のデザインを思いついたりはしないんですね。

高橋:ないです。釣りをやっているのは、そういうことを考えなくてすむからです。本能みたいな。夢中になると、お腹もすかないほどですから。

平野:ぼくは釣りはしないんですけど、うちの爺さんが好きで、子どものときに釣りに連れてってもらうのが楽しみだったんです。爺さんも釣りをはじめたら、まったく食べることに興味がなくなるんですよ。それで昼食がシーチキンの缶詰とコンビニのおにぎりとかだったりして。それがイヤだったんですけど、いまにして思えば、もう少し付き合ってあげればよかったな、と思うんですけど。

高橋:ぼくも持っていくのは、コンビニのオニギリとかですよ。

平野:終った後、釣った魚を食べるのも楽しみなんですか。

高橋:フライ・フィッシュは、キャッチ・アンド・リリースなので食べないんです。でも海釣りのときは、釣ったあともホントに楽しみでした。下田に別荘があって、そこで友人たちと一緒に調理して食べながらその日の釣りの話をするのはホントに楽しいです。

平野:それは、そういう時間を意識的にもとうとされていたんですか。それとも、なんとなく必要だと身体が感じていたんですか。

高橋:ぼくは20歳のときに、いまでいうパニック症候群だと思うんですけど、自律神経からくる不安神経症になったんです。それで医者から趣味をもちなさいと。釣りなんかいいと思うよって言われて。それでバス釣りをはじめたんです。日本にバス釣りって言葉がまだないころです。最初は全然釣れなかったんですが、どんどん入り込み、海釣りをはじめたんです。いまはどんな釣りでも好きですけどね。

平野:最初にビギナーズラックがあったわけでもなく、さっぱり釣れなかったのに続いたんですね、釣りは。

高橋:そうですね。なんか、あの釣れなさ加減にハマったんですよ。

頭のなかでメロディが鳴っている

平野:音楽の話も是非伺いたいのですが、いま曲をつくるとき何を使われてるんですか。

高橋:いまはキーボードです。頭のなかでメロディが鳴っているっていうのは、確かにあるんですけど、それをiPhoneとかにその場で録っておいてもやっぱりダメですね。ぼくは家で仕事をしない派なので、作曲するのも全部スタジオでやります。ずっと一緒にやっている気の知れたミュージシャンのプライベート・スタジオに行って、レコーディングします。

平野:いろいろなパターンがあると思うんですが、曲のとっかかりというのはどういうところからですか。

高橋:やんなきゃいけないから(笑)。自分から率先してやりたいというのはないです。

平野:あ、そうなんですか。では、曲はどこからつくりはじめるとかはあるんですか。

高橋:そのときどきで違いますね。コード、メロディという順もあるし、リズムからつくっていくこともあります。ハードディスク・レコーディングになってから、いろんなやり方が出来るようになっていて、メロディが最後ってこともあります。

平野:トッド・ラングレン(※7)のライブに行ったら、あの人も自分でいろんな楽器を弾きますけど、MCのときに自分は、本当はギターでつくった曲が好きなんだって言ってて、彼の曲を聴いてると、どうもピアノでつくったような曲の方がヒットしてることが多い感じなんですが。

高橋:一応、ギタリストですからね。でも、彼は仕事が早いですよ。高野寛くんがウチの事務所にいたとき、トッドが高野くんのプロデュースしてくれて、一緒にレコーディングもしたことがあるのでよく知ってるんですが。ぼくが還暦を迎えたとき、ぼくのトリビュート・アルバムが出たんですが、そのなかでトッドもぼくの曲をカヴァーしてくれました。オリジナルどおりにやってくれましたけど、トッドが歌うと彼の曲みたいになっちゃうんですよ。

平野:イメージでは、緻密にやってる感じがするんですが。

高橋:最初にドラムやベース、ギターなんかのオケを録っているときから頭のなかに完成図が出来上がっている人なんです。途中段階のラフ・ミックスと最終のミックス・ダウンを比べても、そんなに変わらないクオリティなんです。もちろん、細かい調整はしていますが、イメージが最初から出来上がっているので、仕事が早いんでしょうね。

平野:高橋さんは仕事が早い方ですか。

高橋:早いですね。せっかちな性格もあるんですけど。

平野:YMOの他のメンバーも早いのですか。

高橋:たとえば、細野さんが早いのか遅いのかというと、どちらとも言えないんですよ。”SKETCH SHOW”(スケッチ・ショウ ※8)のときに、1枚目のアルバムは8カ月かかったんですけど、週末以外は毎日細野さんとスタジオに入るんですが、細野さんはスタジオに来ても別のことやっているんです。で、ぼくが、たとえば3日間くらいかけてエンジニアとある程度までつくったものを聴かせると、細野さんは大抵「良いね」って言うんです。それで、その日は終わりにして、近くでご飯を食べてぼくは帰るんですが、細野さんはスタジオに戻って朝まで作業するんです。それでぼくが翌日の昼頃にスタジオに行くと、細野さんはもういないんですが、昨日の曲が全然別の曲に生まれ変わっているんです。で、それがスゴいんです。でも、だったら最初っからそうやってくれればいいじゃん、って思うんですが(笑)。でも、天才プロデューサーをやる気にさせるようにプロデュースするのがぼくの役目ってことなんです。

平野:その最初の何かがあるから、一晩かけるとそうなるんですよね。

高橋:そうなんでしょうね。横にいて聴いているだけなのに、これこういう風にやると面白いのかもしれないっていうイメージを膨らましているんだと思います。