サントリーといえば、ワイン、ウイスキー、天然水……と飲料を中心にその周辺の事業を展開している会社だが『サントリー グリーン水素 ビジョン説明会』という、一見すると「我が社はこんなに環境にいいことをしています」という趣旨に見える説明会の場で語られたのは、サントリーがかなり本気で水素の製造・販売に参入するつもりがある、という意思だった。
今回の話題の重要施設「やまなしモデルP2Gシステム」建屋(写真:カナデビア)
グリーン水素
サントリーは「サントリー グリーン水素 ビジョン説明会」を6月11日に都内で開催した。メインスピーカーは以前、Japan Innovation Reviewでインタビューした、サントリーホールディングス 常務執行役員 サステナビリティ経営推進本部長の藤原正明氏だった。
藤原氏はそのインタビューの際「現在『サントリー天然水』の熱殺菌工程で使用する蒸気の熱源としてLNG(液化天然ガス)を使用していますが、これをグリーン水素に置き換える計画です」と話してくれた。このほか、水素を使ったウイスキーの直火蒸溜の実証実験に成功し、白州蒸溜所への導入を目指しているのだけれど、これらは将来のもっと大きな計画、言ってしまえばサントリーが水素というエネルギー事業に参入する将来の序章のようなものだったということが今回、判明した。
サントリーホールディングス 常務執行役員 サステナビリティ経営推進本部長 藤原 正明氏
サントリーを含む9社(サントリー、東レ、東京電力ホールディングス、東京電力エナジーパートナー、カナデビア、シーメンス・エナジー、加地テック、三浦工業、ニチコン)と山梨県、東京電力ホールディングス、東レが2022年に設立した事業会社「やまなしハイドロジェンカンパニー」(YHC)の合計10社は山梨県とともに「やまなしモデルP2Gシステム」なる水素製造設備を白州蒸溜所のすぐそばにつくっている。
「やまなしモデルP2Gシステム」完成予想図(2024年2月に作成されたもの)
P2Gとはパワートゥガスのこと。実質的には再生可能エネルギーの余剰電力で、水を電気分解して水素(と酸素)をつくることを指す。これ、温暖化や化石燃料の不安定化への対応として世界的に開発が進んでいるムーブメントで日本は2017年に世界で初めて「水素基本戦略」という水素の国家戦略を策定した。
JBpressでは例えば、BMWやAESCの取り組みをすでに紹介しているけれど、モビリティの脱炭素化やデータセンターの消費電力の増加などから、現代文明はすでに若干エネルギー不足状態であり、それを補うエネルギー源として再生可能エネルギーに頼らざるを得ない、と見られている。しかし、再生可能エネルギーはそのままだと欲しい時に欲しい分だけ手に入れることができないという問題があり、一旦、なんらかの形で保存し輸送する必要がある。
一番わかりやすいのは二次電池に貯める方法だけれど、再生可能エネルギー→電力→水の電気分解→水素という貯蔵方法もある。もある、というより二次電池内部で化学反応をおこすための素材や環境条件の複雑さとくべると水素のほうがシンプルですらある。
サントリーの説明資料より。ちなみに山梨県は水力・太陽光によって発電可能な再生可能エネルギーが最大で109万kWと見積もられており、平均電力需要57万kWを上回っているという。ゆえに余剰分を水素化に使う余地が結構ある
この方法でつくられた水素はほぼ無公害。資源は無尽蔵に近い。まだ色々と技術的、社会的な課題があるとはいえ、一応、FCEV(燃料電池車)で実現しているように水素は電源としても使えるし、当然、そのまま燃やしてもいい。燃やしても水素と酸素がくっついて水ができるだけで、CO2は出ない。燃焼時のエネルギーは120メガジュール/kgと実は輸入天然ガスよりも2倍以上大きい。
サントリーの説明資料より
燃料として見た場合、石油系の燃料よりも移動や保存で手間がかかる一方、手軽につくれる。ということで、水と太陽に恵まれた山梨で水素をつくって、これを山梨だけでなく、エネルギー大消費地である東京くらいまで届けようじゃないか、というのが今回、サントリーが発表した構想だった。
サントリーの説明資料より
実験だけで終わらせない
まず、前提となる水素製造システムである「やまなしモデルP2Gシステム」は2025年秋には稼働開始が予定されている。これは、本当に水素は使えるのかを占う実証実験装置という性格が強いものの、1年フル稼働すれば2,200トンの水素がつくれるのだそうだ。これを全部燃やして、そのエネルギーをフル活用できるという前提でさっきの計算にあてはめると、1tが12万メガジュール=120ギガジュール。これの2,200倍は26万4,000ギガジュール。日本の1世帯1年が28.9ギガジュール消費とのことなので、割り算すると9,135世帯分となる。東京の世帯数は700万以上あるそうなので、まぁそんなものといえばそんなものだが、私は未来をポジティブに思い描きたいタイプだし、実験というにはなかなかの規模と言えはしないだろうか?
実証実験の期間は2年とのことだが、今回の発表から、サントリーはそこで終わりにするつもりは毛頭ない、という意思が明確に表明された。他社がどう動くかに関わらず、山梨県、YHCとは協業して水素製造をつづけ、ガス関連の事業を広く取り扱う(ガス以外も相当、色々と事業があるが)巴商会と組んで、水素ガスの販売・物流まで手掛けるとのことだ。
サントリーの説明資料より
サントリーの説明資料より
つまり、単に環境にいいでしょ、じゃなくてちゃんとビジネス化する姿勢だ。
説明会には巴商会 技術本部 水素エネルギー事業推進部 部長 川口 豊氏も登壇。サントリーも巴商会も本気だ
当然、サントリーもどんどん水素を使っていくとのこと。CO2フリーのエネルギーでつくられた飲料が、新しい化石由来原料を使わずに生み出されたペットボトルに入れられて、水素モビリティで水素エネルギー化された家に届く。サントリーの水素ガスとか水素ステーションなんていうものも、街なかにはある。
そんな未来が来るのかもしれない。
