大谷 達也:自動車ライター

ロータス・テクノロジー?

 ダン・バーマーは、ロータス・テクノロジーでアジア・パシフィック地域を統括する立場の人物だ。

 古くからロータスのことを知るエンスージャストにとっても、ロータス・テクノロジーという社名はおそらく耳馴染みがないだろう。ちなみに、私は今年の6月末にロータス・エメヤの国際試乗会に参加したが、そのとき姿を見せていた主要メンバーは、いずれもロータス・テクノロジーの所属だった。

 いっぽうで、ロータスの関連会社といえば、モータースポーツ活動を行なうロータス・レーシング、量産車の開発や生産を担当するロータス・カーズ、自動車メーカーなどの製品開発を支援するロータス・エンジニアリング、そしてヒストリックカーレースをサポートするロータス・クラシックなどが有名。そうした企業とロータス・テクノロジーの間には、どのような関係があるのだろうか?

「現在、ロータス・グループのなかでメインとなる企業がロータス・テクノロジーです。その主要な株主はロータス・カーズと同じですが、組織上は別企業とされています。たとえば、ロータス・テクノロジーはNASDACに上場していて、株式の20%は株式市場で取り引きされています。いっぽうでロータス・カーズは     現在も上場していない、あくまでもプライベート・カンパニーです」

 プライベート・カンパニーといっても、いまだにロータス・カーズのオーナーが創業者であるコーリン・チャプマンの一族というわけではない。コーリンの死後、ロータス・カーズのオーナーシップはGMを始めとする様々な企業を転々としてきたが、いまは中国のジーリーがその一定比率を有している。これはロータス・テクノロジーも同様で、その経営権はジーリーに委ねられている。また、株式の所有する比率は企業によって異なるものの、ロータス・エンジニアリングにもジーリーの資本は入っているようだ。

 そうすることでジーリーはゆるやかにロータス・グループ全体を束ねているのである。

「カーズ」と「テクノロジー」

 ところで、ロータスが現在、EVを主体とする自動車メーカーに生まれ変わろうとしていることは、エメヤの試乗記でも述べたとおり。この、エメヤを始めとするEVを開発し、生産するのはロータス・テクノロジーである。いっぽうで、いまも内燃エンジンを搭載したロータスとして唯一ラインナップされているエミーラはロータス・カーズで開発され、生産されている。

ロータス エミーラ

 ただし、ロータス・カーズの役割はエンジン車の開発と生産を担当することではなく、2ドア・2シーターのスポーツカーを受け持つというのが正確な解釈らしい。実は、ロータスは今後、2ドア・2シーターのスポーツカーをフランスのアルピーヌと共同で開発することが決まっているのだが、これを担当するのはロータス・テクノロジーではなくロータス・カーズだという。

 いっぽうでロータス・テクノロジーが受け持つのは、彼らが“ライフスタイル・モデル”と呼ぶ4ドア・モデルが中心。したがって、前述のエメヤにくわえ、その兄弟車でSUVのエレトレもロータス・テクノロジーの守備範囲ということになる。

ロータス エメヤ
ロータス エレトレ

 そのうえで、グループが有するリソースをフルに活用するというのが、現在のロータスの、真の姿なのである。

 たとえば、グループ内でスポーツカーのハンドリングを熟知しているのは、イギリスはヘセルに本拠地を置くロータス・カーズのメンバーである。したがって彼らはスポーツカーを手がけるだけでなく、ライフスタイル・モデルの開発にも協力する。いっぽうでロータス・テクノロジーのメインオフィスはドイツにあり、ここがライフスタイル・モデルを開発する拠点となる。ただし、EVの生産にかけては、いまや中国が世界一といっても過言ではない。ライフスタイル・モデルのEVが、中国国内のロータス・グループ企業で生産されているのは、このためである。

ジーリーは何をしているのか?

 そうした活動に、おそらくはロータス・エンジニアリングも密接に関わっているはずだが、バーマーによれば「ロータス・エンジニアリングの活動は、そのほとんどが秘密とされています」という。これは、彼らが担当するプロジェクトの多くにクライアントが存在しており、クライアントの都合でプロジェクトを公にできるのか、秘匿すべきなのかが決まるためだ。

「ただし、パリ・オリンピックの自転車競技でロータスの自転車をご覧になった方もいるでしょう。あれはロータス・エンジニアリングが開発したものです」 パーマーはそうも付け加えてくれた。

ロータスは長年、競技用バイクを開発しており、東京オリンピック、パリ・オリンピックの英国代表用トラックバイクはホープ・テクノロジー社とロタース・エンジニアリングの開発。写真はパリ・オリンピックで使われたモデル

 こうしたロータス・グループの資本関係や組織構造は、私には極めて興味深いものに思えた。ロータス・グループの大株主であるジーリー・グループは、その気になればグループをまるごと買収して完全子会社にすることもできただろう。そうやってから必要な機能だけを切り取り、新たに設立した会社に吸収させ、ひとつの組織として効率的に活用することだって不可能ではなかったはず。しかし、ジーリーは敢えてそうせずに、伝統的な企業をもともとあった地域に留まらせ、その立場を尊重しているように思う。そこには、ロータスというブランドに対するジーリーのリスペクトがあったのではないか。

 前述したエメヤの国際試乗会に参加する以前、私は、ジーリーが自分たちのEVをプロモーションするためにロータスを買収したのではないかと疑っていた。しかし、実際に試乗してみると、ステアリングやドライブトレインなどの完成度が1台のハイパフォーマンスカーとして極めて高いレベルで揃えられていることに気づき、その点にロータスの伝統が確実に息づいているように思えたのだ。

 そこまで理解できたときに、私のなかでひとつの仮説が生まれた。それは「ジーリーは、ロータスというブランドを後世に残すために買収し、EV化路線を押し進めたのではないか?」というものだった。

 だとすれば、ロータス・カーズをそのまま存続させ、今後も(たとえEV化しても)軽量コンパクトなスポーツカーを開発・生産させようとする意図も理解できる。そこで、私はバーマーに自分の仮説が正しいかどうか、訊ねてみることにした。

「同じジーリーの傘下にあるボルボはEV化を進めるなかで順調に生産台数を増やしています。おそらく、EVの生産台数でいえば、2倍にも3倍にも増えているはずです。しかし、ロータスの伝統的なモデルであるスポーツカーは、これまで年間1,500台程度しか販売されませんでした。これが、たとえ2倍、3倍になっても、グローバルな自動車ビジネスを支えるには不十分です。だからこそ、私たちは長期的な視点で次世代テクノロジーに投資しているのです」

 やはり、そうだったのか。ジーリーにとってはロータスの存続こそが優先事項だったのだ。しかも、多くのロータス・ファンにとって奇妙に思えるであろうライフスタイル・モデルにしても、実はコーリン・チャプマンの遺志を汲んだものだという。

コーリン・チャップマン(1928-1982)は学生時代に中古車販売業を営んでおり、売れ残りのオースチン 7を改造してレーシングカーを生み出しのがロータスの原型。これをマーク1としてマーク3で本格的な成功を収め、以降、市販自動車分野にも事業を拡大していった

「コーリン・チャプマンはレンジローバーを愛用していましたし、晩年には4ドアのグランドツアラーを開発する計画を立てていました。つまり、SUVのエレトレや4ドアGTのエメヤを作ることは、ロータスにとって不自然な流れではないのです」

 世の中には自分たちの利益のためには歴史や伝統を軽んじる企業が少なからずあるが、ジーリーは、そうした組織とは一線を画した存在のようである。