大谷 達也:自動車ライター

 昨年7月にアルピーヌ・ブランドのCEOに就任したばかりのフィリップ・クリエフが日本人メディアとのグループ・インタビューに応えてくれた。それも、たった4人の取材陣のために40分近い時間を費やすという“大盤振る舞い”である。

​フィリップ・クリエフ
© Alpine/All rights reserved

 クリエフの話に入る前に、アルピーヌのここまでの歩みを簡単に振り返ってみたい。

アルピーヌの歴史

 ジャン・レデレの手でアルピーヌが設立されたのは1955年のこと。

1955年のジャン・レデレ(写真右の人物)
© Renault Group

 このとき、レデレはルノー車をベースに開発したスポーツカーをモータースポーツに投入し、すでに数々の成功を収めていた。

こちらは1964年のジャン・レデレ
© Renault Group

 そんなアルピーヌが大きく飛躍するきっかけとなったのが1963年デビューのA110で、ラリーやレースで大活躍したことにより、アルピーヌの名は広く世界中で知られるようになる。

1971年 アクロポリス ラリーにおけるアルピーヌ A110 
© Renault Communication - All rights reserved

 やがてルノーは1973年にアルピーヌ株の70%を取得して傘下に収めると、同グループのスポーツカー事業やモータースポーツ活動をルノー・スポール・ブランドに集約することを決定。

1970年 ディエップのアルピーヌ工場 
© Renault Group

1976年にモータースポーツ活動から撤退したアルピーヌは、1995年にこの時点で「最後のアルピーヌ」となるA610の生産を終了すると、自動車メーカーとしての活動を一時的に休止したのである。

アルピーヌのラリーカー
© LEFEBVRE, Yann

ブランド復活からEVメーカーへ

 しかし、数々の栄光に包まれたアルピーヌの復活を求める声は根強く、2017年にはルノーの庇護のもと新生A110を市場に投入。軽量設計、優れたエアロダイナミクス、乗り心地は快適なのに痛快なハンドリング、そしてフランス風のしゃれたデザインなどが注目され、日本市場などで一定の成功を収めることとなった。

新 ルノー A110

 ところが、それからたった4年しか経っていない2021年にルノーはアルピーヌ・カーズ(生産車部門)、ルノースポール・カーズ(生産車部門)、ルノースポール・レーシング(レース部門)をすべてアルピーヌ・ブランドに集約することを発表。そして今後は電動化を積極的に推進する方針を打ち出したのである。

 そんなアルピーヌのEV第1弾として、今年6月にA290が発表された。

アルピーヌ A290
© TAQUET, Arnaud

 これは同じグループのルノーがリリースしたEV“5(サンク)”の兄弟車といってもいいモデルである。ちなみにルノー5は1970年代から90年代にかけて販売され、ヒット作となった往年のコンパクトカー。新しい5は、そのイメージを受け継いで誕生したモデルといえる。

 このA290について、クリエフはこう語った。

アルピーヌ A290
© TAQUET, Arnaud

アルピーヌはふたつのラインを持つ

「今後、アルピーヌはふたつのモデルラインを持つことになります。ひとつはプレミアムマーケット向けのモデルで、その第1弾がA290です。さらに、同じプレミアムラインでは小さなサイズのクロスオーバーをリリースしたあと、それよりも大きなサイズのクロスオーバーを発売します。どのモデルもアルピーヌの特徴である軽量設計、ドライビング・プレジャー、そしてフレンチタッチといったキャラクターを備えています。また、これらのモデルはグループ内で開発されたプラットフォームを用いることになります」 こうしたモデルラインのことを、クリエフは「ライフスタイル・モデル」とも説明していた。

© 3D Alpine

 続いてクリエフはもうひとつのモデルラインについても触れた。「いっぽう、A110の次期型モデルはEVとなりますが、これにはアルピーヌ専用のプラットフォームを用います」

 漏れ伝わってくるところによれば、A110用のプラットフォームは、同じく電動化を進めているロータスと共同開発することになる見通し。また、同じプラットフォームを用いて4シーターないし5シーターのグランドツアラーを開発するとも噂されており、これはA310とネーミングされる模様だ。

 いずれにしても、今後登場するアルピーヌがEVとなることには変わりない。そしてEVといえば車重がかさむというのが通り相場。軽量設計を売り物としてきた従来のアルピーヌとは、似ても似つかない製品になることは目に見えている。そこで、まずはA290のパフォーマンスについて訊ねてみると、クリエフはこんな風に語ったのである。

「0-100㎞/h加速は6.4秒なので、パフォーマンスは高いといえます。ただし、ドライブした印象は、従来のルノースポールほど過激ではありません。それでもドライビングプレジャーは感じ取っていただけると思います」

 つまり、加速性能は高く、操る歓びも味わえるが、サーキット走行を想定したこれまでのるルノーポール・モデルほどシャープなハンドリングではなく、おそらくは乗り心地も快適ということのようだ。

© 3D Alpine

 それでも、アルピーヌらしいハンドリングを実現するため、A290には同社独自の電子制御システムが搭載されるという。「トラクションコントロールはアルピーヌが社内で開発したもので、これは特許を取得済みです。その特徴は10ms(1msは1/1000秒のこと)単位で制御を行うことにあって、ストレートでもコーナーでも精密なコントロールが可能です。タイヤがスリップしないので効率的なほか、アンダーステアやオーバーステアを生み出すこともありません」

© TAQUET, Arnaud

 さらに、今後登場する「より大きなクロスオーバーモデル」は前後に各1基のモーターを搭載することで、駆動力によるトルクベクタリングを実現するとも語ってくれた。

プラス10PSより10kg軽量化する

 では、EV化される次世代のA110はどんなモデルになるのか? 「まずは軽量なEVとします。アルピーヌにとっては高出力化よりも軽量化が重要で、パワーを10ps引き上げるくらいなら、同じ出力のまま10kg軽量にすることを目指します。そして、現在のエンジン車のなかでも特に軽いモデルと同等のパワー・ウェイト・レシオを狙います。そうすることで、お客さまにドライビング・プレジャーを提供したいと考えています」

 タイヤメーカーのミシュランにエンジニアとして就職して以来、フィアット・グループ、フェラーリ、アルファロメオなどの技術部門を率いてきたクリエフは、どうやらミシュラン在籍時代、5年間にわたって日本で暮らした経験があるらしい。

「日本の皆さんは本当にクルマに詳しく、自動車について素晴らしい文化をお持ちです。また、私たちアルピーヌの社員もみんなクルマ好きなので、日本でなにか特別なことをしたいと思っています」

 電動化されたアルピーヌがどんなドライビング・プレジャーで私たちを楽しませてくれるのか、実に興味深いところだ。