他の選手を惜しみなく称える姿

2024年3月23日、世界選手権、男子シングル、FSを終えた宇野昌磨 写真=共同通信社

 宇野の言葉が反響を呼んだ例として、2022年全日本選手権後に行われた世界選手権代表発表の記者会見がある。

「僕が言うことではないんですけれども……あの……選考基準というのは……どういったものか僕にはよく分からないんですけれども、あまりうれしく思えない部分もあるんですけれども、僕は頑張りたいと思います」

 フィギュアスケートの代表選考では、これまで何度も波紋を呼ぶことがあった。全日本選手権の成績で自動的に決まる部分と、総合的な判断に基づき決まる部分とがあり、そこで選考の是非が問われたからだ。総合的な判断という方法自体は間違いというわけではない。その分選考する人々の責任は大きいものであり、同時に総合的な判断という幅を持たせている以上、選考理由については明確に伝える責任がある。何よりも選手やコーチなどにしっかり説明することが重要だ。

 でもこのときは選手側に説明がなく、また記者会見でも当初選考理由の説明はなされなかった。それがさらに波紋を大きくしたきらいはある。

 翌年、つまり2023年全日本選手権後の代表発表においては、選考対象選手をあらかじめ公表し選考理由についての詳細な説明もなされた。2022年大会後に選手やコーチに意見を求め、それを受けての対応でもあった。選手の立場をより配慮される形に改革された。

 2つの出来事は、宇野の姿勢を象徴していた。宇野自身の言うように、思ったことをそのまま発してきた。打算なく、発してきたこと、同時にそれは周囲の人への思いからであったということだ。

 宇野のあり方は、他の選手を惜しみなく称える姿にもうかがえる。

 国内外問わず、好演技に対して心から拍手する姿はいつも目にすることができた光景だ。自身の演技直前にもかかわらず、指導していたコーチが心配になるほど本気で他の選手の演技を見守っていたこともあった。しかもそれはオリンピックという舞台でのことだ。その姿勢は他の選手にも間違いなく影響を及ぼしている。切磋琢磨して互いに励む空気を作り出している。

 意図せずとも、宇野の姿勢からはリーダーシップが生まれた。信頼と支持も得て、自然と人が集まることになった。

 さまざまな競技を取材する中では多くのアスリートに出会う。内心思うことはあっても、そしてその内容が提議されて当然のことであっても、どうしても反応を恐れて口にできない、沈黙せざるを得ないでいる、そういうケースもしばしばある。

 他を思い、そして思ったことを発言するアスリートであった宇野昌磨は、フィギュアスケートに限定せず、傑出した個性を放つアスリートであった。

 昨年のインタビュー映像も交えつつ行われた会見では、高橋大輔がスケーターとしての原点にあることもあらためて伝わってきた。その姿に憧れ、目指してきた宇野の姿もまた、誰かの指標となっているし、なっていくだろう。

 プロフィギュアスケーターとして晴れやかな笑顔とともに新たなスタートを切る宇野昌磨の記者会見は、そんなことも思わせた。