大谷 達也:自動車ライター

ロールス・ロイス・モーター・カーズ アジア太平洋リージョナル・ディレクター アイリーン ニッケイン

最新のロールス・ロイスのショールームにて

 私のこういうもの見方が保守的でよくないのかもしれないが、ロールスロイスのアジア太平洋地区を統括するディレクターのアイリーン・ニッケインは、その厳めしいジョブタイトルからは想像もできないほど若くてチャーミングな女性である。

 しかも、私がいま彼女をインタビューしている新しいショールームのロールスロイス・モーターカーズ横浜も、実にモダンで洗練されている。もっとも、これはこのショールームを運営するニコル・モーターカーズが独自にデザインしたわけではなく、イギリスのロールスロイス本社が定めた最新のビジュアル・アイデンティティを採り入れたもの。ちなみに、このデザインコンセプトを採用したショールームは、日本国内ではロールスロイス・モーターカーズ横浜が初めてだという。

 アイリーンが微笑みながら語りかけてきた。

「どうです? とてもステキなショールームですよね。私たちはこれをハイタッチ・デザインと呼んでいます」

 彼女がいうとおり実にモダンかつハイテクなデザインだが、ロールスロイスの顧客はこうしたショールームを本当に求めているのだろうか? 自分の印象をそう伝えると、アイリーンはこんな話を聞かせてくれた。

「私たちは、お客さまとの間に、とてもパーソナルなお話しができる環境を持ちたいと願って、このショールームを作りました」

 なぜ、彼らは顧客とのコミュニケーションをさらに深めようとしているのか? 

ラグジュアリーブランドとしてのロールス・ロイス

「近年、私たちのショールームには、多くの(自動車以外の)ラグジュアリーブランドを通じて新しいお客さまがお越しになるようになりました。そうした皆さまは、とてもお若くて、ファッショナブルです。こうした現状を見るにつけ、ロールスロイスが成功を収めるには、自動車以外の分野にも目を向ける必要があることに気づきました。そこで私たちは2019年に新しい戦略を採り入れることにしたのです」

「アトリエ」と名付けられたスペースはビスポークのためにある。エクステリアのカラーパレット、ウッドパネル、レザー、刺繍、糸、ウールやテキスタイルのサンプルが揃う

 新しいタイプの顧客が登場したことを、アイリーンはスペクターの発表会ではっきりと認識したという。ちなみに、日本でも昨年発表されたスペクターは、ロールスロイス初の電気自動車として注目されている。

ロールス・ロイス『スペクター』

「スペクターの発表会には、若いお客さまが本当にたくさんお越しになりました。それも、まったく新しいタイプのお客さまで、とりわけ若い女性が多いことが印象的でした。しかも、皆さんとても積極的で、『このクルマと一緒に写真を撮って!』とか『私、このクルマを買うわ!』と私に話しかけてくださったのです。なかには『主人にこのクルマを買うように伝えるけれど、色はもちろん私が選びます』とおっしゃる方もいらっしゃいました」

 そうした新しいタイプの顧客は、これまで超高級車の世界にはびこっていたある種の慣習に捕らわれることなく、自由な発想でクルマを選んでいることも、自動車業界で16年間にわたって働いてきたアイリーンにとっては新鮮だったという。

「アジアのお客さまにとって、ロールスロイスを購入することには一種の制約が伴いました。これは特に古い世代の方々に多く見られる傾向で、『私の父はロールスロイスを所有していませんでした。私の祖父も持っていませんし、近所に住む方も誰も持っていません。それなのに私が買うわけにはいきません』という考え方です。たとえば、日本でかつてロールスロイスといえば皇族が乗るクルマでした。だから、かりに自分が十分なお金を持っていたとしても、そういうクルマを買ってはいけないと思われていたのでしょうね」

 ところが、アイリーンが発表会で目にした顧客の多くは、そういった“因習”を乗り越えてスペクターに強く惹かれたのである。