取材・文=中野香織

茨城県郷土工芸品 いしげ結城紬×ARLNATA

2023年5月にファッションビジネス学会に招かれ、「新・ラグジュアリー」について講演する機会をいただいた。その際に、日本ではラグジュアリーに関する議論が限定的にしかおこなわれていない現状を指摘し、まずは議論の機会を広げることを提案した。すると早速、ファッションビジネス学会で「ラグジュアリービジネス部門」を立ち上げてくださった。この日(9月18日)は「装談」第30回記念であると同時に、ラグジュアリービジネス部門立ち上げ初のイベントとなった。

suzusanの村瀬弘行さん、MIZENの寺西俊輔さんをお迎えし、中野がMCという形で、これからの日本の新しいラグジュアリーに関する議論をおこなった。会場はファッションデザイナーのインキュベーション施設でもある台東デザイナーズビレッジで、プロフェッショナルな方々を中心に約60名が参加(マイナーなテーマにしては各地から多くのご参加いただいたと主催者談)。前半は、中野の「新・ラグジュアリー」についての簡単な概要の解説、suzusan、MIZENそれぞれの挑戦についての報告がおこなわれ、後半に質疑の形で議論が進む。一部抜粋を3回に分けてお送りする。世界のラグジュアリー領域で挑戦を続ける二人の話が、領域を超えて、多くの方々にとってのインスピレーションの源になることと思う。

 

日本人のどこに魅力があるのか?

MIZENプロジェクト第一弾「MIZEN BLUE 勝」をコンセプトに、12の産地の職人が制作したオリジナルの素材を使用し、ARLNATAがオーダーウェアを仕立てる

中野 それでは次、MIZENの寺西俊輔さんに、MIZENのお仕事についてご紹介いただきます。

寺西 MIZENという名前で昨年12月に東京の青山に店舗をオープンしまして、まだ一年経っていないという会社なのですが、ふるさとの日常を次世代のラグジュアリーへというテーマを持って、初めからラグジュアリーを目指していこうという意志でスタートさせました。

 私は、もともと大学では建築を学びました。ただ、建築じたいは全然勉強せずに洋服ばかり作っているという4年間でした。ご縁あって、ヨウジヤマモトに入り、そこから洋服人生が始まりました。一方で中・高校生ぐらいから洋服が好きなのと同時にヨーロッパに強い憧れがありまして、ヨーロッパに住んでヨーロッパで死ぬくらいの気持ちでいたんです。いろいろ努力をして、2008年にミラノに移ります。

 その後、イヴ・サンローランのディレクターをしていたステファノ・ピラーティがミラノに戻った時にチーム編成したAgnonaというブランドのチームに入りました。ゼニアのグループ会社で高級路線です。そこでのカシミヤの仕立てなどの経験を買ってもらえて、2015年にエルメスに移ります。

 海外は結局、12年くらいいましたが、自分の中で大きな変化がありました。もともとヨーロッパで骨を埋めるつもりでいた人間が、今、日本の伝統産業を触っているという、おかしな人生を歩んでいますけれど、そうなったきっかけが、やはりヨーロッパの経験です。

 転職活動はかなりしていたのでいろんなブランドの面接も受けたのですが、ほとんどの会社が日本人のパタンナー、もしくは日本人のデザイナーをほしがっていたんですよ。初めはラッキーくらいにしかとらえていなかったのですが、そのうちに、じゃあ日本人の何を求めているのかなと考えるようになりました。世界中からファッションで成功してやると野望をもって人が集まっているなかで、日本人のどこに魅力があるのか、と。

 やはり日本のブランド力なんですね。このブランド力は一夜にしてできるものでもないです。ものづくりの面で言いますと、まじめに細かいところまで気を使って作るという技術力が評価されています。その蓄積というか歴史の積み重ねの上に、日本がブランドとして認識されているのではないかと。それで次第に、日本社会に何か役に立てるようなことをしたいと思うようになりました。

 僕自身、やはりファッション業界に入ったからには、ラグジュアリーブランドで働いてみたいと思っていて、2015年に念願がかない、エルメスに入ったわけです。じゃあそこから先、エルメスで20年、30年、働けたらいいんですけれど、ファッション業界って入れ替わりが激しいので、その先のことを考えるようになりまして。

 このままヨーロッパのブランドを転々としながら残るのか、はたまた独立をするのか。独立するんだったら社会的な意義がほしいと思っていたところに、2016年に世界で一番大きな生地の展覧会(プルミエールビジョン)に行き、日本の着物に出会いました。そこで今お取引がある牛首紬、螺鈿織っていう、本当にすごい手仕事の詰まった素材に出会うんです。そのときにsuzusanも隣にいらっしゃったんですけど。その素材の素晴らしさに、僕はもうこれだと心を決めました。

 そういった経緯があるので、MIZENの目標としては、まずは日本の技術をブランドにする、職人こそがブランド、ということを掲げております。世の中のほとんどのファッションブランドはデザイナーやディレクターが目立っています。ピラミッド型構造でいうと職人さんはどちらかというと底辺、縁の下の力持ち的な存在で表に出ない。でも、MIZENは技術こそがブランドだという考えで、ネームタグにしても、職人の方々を前面に押し出しています。

 もうひとつ、ふるさとの日常を次世代のラグジュアリーへ、というテーマですけれど、地元にいれば当たり前だったものが実はすごいものだったんだよという認識を、若い人にも、世界にも拡大していきたい。

 日本の伝統工芸の規模を見てみますと、令和4年の時点で、生産額は総額で1000億に満たない額です。かたやラグジュアリーブランドといわれている企業はといえば、エルメスは1兆円、シャネルも2兆円ですね。ルイヴィトンは11兆円。とんでもない金額です。しかもこれ一社です。日本の伝統工芸品は日本全国にあるというのに。販売力の違いというのがこれで見えると思います。

 日本には素晴らしい技術がたくさんあるのに認知されていないこと、それが一番大きな原因だと思うんです。これをなんとかしたいという思いでMIZENをスタートさせました。

 我々が考えるラグジュアリーの定義。これも時とともに変わっていく可能性はあるんですが、現時点で考えているラグジュアリーは、物質的な豊かさだけではなくて、人と人とがつながりあえること、人の存在を感じられること、という風に考えています。

 今はお金とインターネットとクレジットカードさえあれば、何でも買える時代になっていますよね。それが悪いというわけではないのですが、クリックした瞬間に、作っている人たちのことを考えて物を買っている人ってどのくらいいるのかな。人を避けて生活することも簡単にできるからこそ、人を感じられるということが逆にラグジュアリーになるんじゃないのかな。そんな風に考えます。

 MIZENが何を作っているかといえば、基本的には着物の反物から洋服を作っております。着物の産地の方々はヨーロッパのブランドさんから広幅を作れとか長巻を作れとかいろいろ要求される。でもMIZENは職人たちに一切負担をかけたくないので、あえて小巾の一反で勝負をしています。

 呉服を買うように仕入れまして、それを洋服に仕立てています。いまのところは12の産地と協業しています。石川県の牛首紬や福岡県の久留米絣、青森のこぎん刺し、そして中野さんにも今、上下で着ていただいている有松絞など。まだスタートしたばかりですが、将来的には日本全国の伝統技術を使った、ライフスタイル全般を扱う会社にしていきたいと思っています。

 

技術に欠かせない「人」を背景にする

愛知県伝統的工芸品 有松鳴海絞×ARLNATA suzusan会長村瀬裕氏による「絵刷り」

中野 MIZENの革新性はどこにあるのでしょうか?

寺西 3点あげるとするならば、1点目は、一般的なファッションブランドのようなデザイナー中心の構造ではなくて、職人が中心となった活動の場となるプラットフォームを作っているということ。

 2点目としては、元来、上流階級が嗜んできたラグジュアリー、中野さん的に言えば旧型のラグジュアリーになるかもしれませんが、その旧型とは違う立場をとっていること。庶民生活のための知恵が時代とともに価値を育んできたラグジュアリーというジャンルがあるんですが、そういう庶民の知恵を大切にしたいと思っています。

 紬も元来、「くず繭」と呼ばれたものから作られたので庶民のものだったのですが、いまでは稀少性ゆえに高額品になって取引されています。庶民のものだったのがラグジュアリーになりえるという可能性が、日本にはたくさんあると思っています。こぎん刺しもそうですし、金継ぎもそうですよね。長く使うっていう精神も。

 3つ目は、技術に欠かせない「人」が背景に存在するものづくりのストーリーをかけあわせ、商品の価値として販売するということ。われわれはテキスタイルにも高い技術を結集しているんですが、縫製もハイレベルな技術を持った人にお願いし、技術にフォーカスしたものづくりをしています。一言で言うなら、技術をデザインする会社とでもいいましょうか。

 MIZENという名前の由来も、「未然形」という単語から来ています。職人を中心とするブランドがまだ世の中に存在していないと思うんですけれど、やはり職人のペースや時間を、彼らに合わせていかないといけない。今のファッション業界はパリコレが中心で、自分たちのペースを合わせていかないといけないシステムですが、我々は職人が中心となって、彼らに負担をかけないペースで、日本ならではのサイクルを作っていきたい。が、まだそのサイクルが形になっていない。これから自分たちが作っていくわけですが、日本の新しいシステムを作っていきたいという願いをこめて、MIZENという名前にしています。

中野 庶民が日常的に使っていたものをラグジュアリー製品にしたという点は画期的ですね。公家や将軍が使っていたものは金糸銀糸が織り込まれていたりして、ラグジュアリーとして世界で認められるというのは、ある意味、当然ですね。でもこれまで盲点だった庶民発の創意工夫、これに脚光を当てた点が、「上下構造がなくなっていく」新しいラグジュアリーの世界観と相性がよいですね。

 そして、取引の主体性がこちらにあるということにも、脱植民地化が進んでいるべき現代にふさわしいフェアネスを感じます。海外の取引先が、洋服幅150cmに合わせて作ってくれと言って来たら、もちろんそれに合わせられる体力があるにこしたことはなく、実際、成功例もあります。それはそれですばらしい。ただ、高齢の職人さんはそこに合わせられないことも多い。だから職人のこれまでのやり方を尊重して、きもの幅はそのままにしてニットを縫い合わせ、まったく別次元の服を作っているという点が、これからの可能性を広げていくのかなと見ています。(第3回に続く)