写真・文:谷 宏美

「アルト・アディジェ」というワイン産地を知っているなら、相当のワイン通かイタリア通に違いない

「アルト・アディジェ」というワイン産地を知っているなら、相当のワイン通かイタリア通に違いない。行政区分として若干ややこしい「トレンティーノ=アルト・アディジェ自治州」にあり、このイタリア北部に位置する産地の概要を正しく認識しているプロも多くないかもしれない。

去る2023年9月、各国からワインジャーナリストが集まる「アルト・アディジェ ワインサミット」に筆者も招聘され、生産者訪問をはじめとした各種プログラムを通じて200種以上に及ぶワインをテイスティングした。ワインのプロではあるのでこれまでにもちろん、この地のワインの知識や知見はあったが、この現地での体験を通してあらためて言えるのは、“アルト・アディジェのワインはハズレがない”ということだ。その理由をお伝えする。

まずは場所から~イタリア最北の北

イタリアは20州すべての州でワインを生産しているがアルト・アディジェはイタリア最北の州「トレンティーノ=アルト・アディジェ州」の北側に位置する。そもそもここがアルト・アディジェという産地をわかりにくくしているのだが、ボルツァーノを州都とするアルト・アディジェ州と、トレントを州都とする南側のトレンティーノ州を一緒にして、ひとつの州ということにしているわけだ。

Alto Adige Wine Consortium

アルト・アディジェはオーストリアやスイスと国境を接し、アルプスの支脈に広がる山岳ワイン産地。1918年まではオーストリア=ハンガリー帝国の領土でドイツ語を母語と住民が多く、イタリア語とドイツ語が公用語。トレンティーノも優れたワインを擁する山がちな産地で土壌も品種も類似する部分もあるが同一ではなく、歴史や文化、成り立ちはまるで異なる。この2つは別の産地として捉えたほうがいいと思うのだが、日本ソムリエ協会の産地区分でも同じ州の行政区分が一緒になっているため実に誤解を招きやすい。そうした前提を踏まえ、ここでは「南チロル」とも呼ばれる「アルト・アディジェ」のワインについて語る(トレンティーノも素晴らしい産地ゆえ、別の機会にぜひ綴ってみたい)

これがアルト・アディジェのポイント!その1
20種以上が育つブドウの楽園

傾斜に広がるトラミンのシャルドネの畑。背後には石灰を帯びたメンドラ山塊が見える

生産量の約60%が白ワイン、約40%が赤ワインで、主要なブドウ品種だけでも20種あまり。「アルプス山脈の南とバルコニー」とも称され、ブドウ畑は緩やかな丘陵から険しい斜面まで、標高200mから1000mの山地に広がっている。

アルプス山脈や南にあるガルダ湖、西にそびえるドロミーティ山塊が気候風土に大きな影響を与えている。地中海方面からの温風が吹き、北からはアルプスの冷たい気流とぶつかって、温暖ながら昼夜の寒暖差が大きく、ブドウはゆっくりと成熟する。年間を通じて降水量が少なく日照量に恵まれているため、完熟は難しくない。

白い岩肌がドロマイト=白雲石(苦灰石ともいう)

テルメーノ周辺ではメンドラ山地とカルダ湖が微気候を形成。西側にそびえるドロミーティ山塊はドロマイト=白雲石というマグネシウムの混ざった石灰岩土壌をもたらし、ボルツァーノ周辺では赤い岩、斑岩が見られ、これらの特徴的な土壌がミネラル豊かな味わいを与える。

500m以上の高地にはリースリングやケルナー、シルヴァネールといった冷涼な場所を好むドイツ系のブドウ品種が栽培され、300mから500mまでは主にシャルドネやピノ・ビアンコ、ソーヴィニヨンブランやゲヴェルツトラミネール、スキアーヴァなど。200mから300mはラグラインやカベルネ・ソーヴィニヨンなど黒ブドウが植えられている。

トラミンの醸造家ウィリー・ストゥルツさん(右)とマーケティング ディレクターのウォルフギャング・クローツさん(左)

協同組合ワイナリー「トラミン」はゲヴェルツトラミネールの原産地という説もあるテルメーノに居を構えるワイナリー。ウォルフギャング・クローツさんに標高600mから250mにかけて畑を案内してもらった。500mから600mのところにシャルドネを栽培し、日照量と温度が必要なゲヴェルツトラミネールは350m前後の場所に植える。500mと少し高めだが日当たりのよい南向きの斜面にゲヴェルツトラミネールを植えてみたが、うまくいかなかったとのことだった。

ちなみに街道脇の平地にはリンゴの果樹園がえんえんと続く。ここアルト・アディジェはリンゴの名産地でもあり、果樹エリアとワイン用ブドウエリアを標高で分けることで、狭いながらも農業政策が成功している自治体として、日本でも注目されている。

※参考:欧州及びイタリアの果樹農業の現状とスマート農業に関する調査報告書/公益財団法人 中央果実協会
 

これがアルト・アディジェのポイント!その2
“ハズレなし”になる仕組みがある

今回のアルト・アディジェ ワインサミットでは、ワイナリー訪問や着席型テイスティング、生産者ディナーなどでスパークリングワイン、赤・白、パッシートに至るまでに実に200種をゆうに超えるワインを試飲した。それらはいずれも、品種の個性の表現や味わいが一定のレベルに達していて、品質が高く、飲みごたえのあるワインだった。

©Alto Adige Wine Consortium
アルト・アディジェ ワインの印であるキャップシール

イタリアきってのDOCワインの多さ

この理由のひとつとして、生産量の実に98%がDOC(統制原産地呼称)認定されたワインである、ということが挙げられる。イタリア中探してもこんな特異な産地はもちろんない。つまり品種や栽培方法、最低収穫量やアルコール度数、熟成方法などの規定を守って造られたものだけがリリースされているということで、適地適作を主軸とした絶対的な品質が保証されているわけだ。

協同組合の「コルテレンツィオ・ワイナリー」訪問時にちょうど収穫したブドウが届く。さっそく目視と試食で審査し、評価を下す醸造家のマーティン・ルメイヤーさん

 協同組合による贅沢なワイン造り

協同組合(コーポラティブ)の存在も大きい。所有する畑が平均1haという小規模栽培農家が多いアルト・アディジェでは、歴史的に協同組合によるワイン造りが機能していて、生産量の70%ものシェアを占める。一定の基準をクリアしたブドウを買い上げ、最新鋭の機器で醸造するシステムが高い水準で成立している。良質なブドウは高値で引き取られるので栽培家も質の向上に努めている。古くから農業と醸造の教育・研究機関もあり、自社畑をもつプライベートワイナリーや独立系生産者も、栽培技術や醸造設備に投資しつつ妥協ないワイン生産にコミットしている。勤勉かつ資本力のあるドイツ・オーストリア文化圏が、こうした環境を支えているのかもしれない。

コルテレンツィオには最新鋭のプレスマシンが何台もあり、新樽も積まれていた