大谷 達也:自動車ライター

去年サルディーニャで

 アストンマーティンDBX707の国際試乗会がイタリアのサルディーニャ島で開催されたのは、2022年4月のことだった。

 直前に降り始めた小雨のなか、ワインディングロードでひとりDBX707を走らせていた私は、スポーツ+モードの軽快なハンドリングに刺激され、知らず知らずのうちにペースを上げていたらしい。気がつけば、とあるコーナー脱出で勢いよくテールが流れ始めたのである。私がとっさにカウンターステアをあてたのと、DBX707のスタビリティコントロールがガガガガガッと強力に介入してきたのが、ほぼ同時。おかげでことなきを得たが、いくらウェットコンディションとはいえ、SUVであれだけ明確なオーバーステアを体験したのは、本当に久しぶりのことだった。

 それ以来、私は何度かDBX707に試乗したが、サルディーニャのときのようなテールスライドを経験したことは1度もなかった。

「あれは、いくつかの偶然が重なった末の特殊な状況に過ぎなかったのか?」

 そんな風に考え始めていたある日、富士スピードウェイでDBX707をテストするチャンスに恵まれた。

灼熱の富士スピードウェイへ

 試乗した7月下旬といえば、関東地方が連日の猛暑に見舞われていた時期。当日も強烈な日差しが照りつけており、標高500mを越える富士スピードウェイもうだるような暑さだった。当然、路面はドライ。雨降る冬のサルディーニャとは、似ても似つかないコンディションである。

 この試乗会で幸いだったのは、私たちを先導するインストラクターがいずれも腕利き揃いで、日本の試乗会では滅多にないくらいのハイスピードで走行できたこと。くわえて、走行セッションが3度設けられていたため、様々なドライビング・スタイルを試すチャンスに恵まれた点にあった。

 事実、最初の1セッション目で、ストレート上では軽々と270km/hオーバーに到達。デビュー時点でSUV史上最強と謳われた最高出力707psの底力を見せつけることとなった。その後“SUV史上最強”のタイトルはフェラーリ・プロサングエに奪われたが、その差はたったの18ps。V8ツインターボ・エンジンを搭載するライバルに対して、DBX707は依然として圧倒的優位を保っていることをここで強調しておきたい。

 ちなみに707psの最高出力は、エンジン開発中の技術陣から「700psを達成しました!」との報告が入ったとき、マーケティング担当者のひとりが「それだったら、いっそのこと007をイメージさせる707psを目指さないか?」と提案。それを受けた技術陣が、懸命の思いで達成した数値だったそうだ。

DBX707の真価を見極める時が来た!

 話をインプレッションに戻せば、サーキットでのハードコーナリング時でさえロール角が浅く、安定した姿勢を保ってくれるのもDBX707の美点のひとつ。今回はまずスポーツ・モードで、続いてさらに過激なスポーツ+モードを試したが、コーナーリング時の姿勢はスポーツ・モードでも十分に安定していたことをご報告しておこう。

 ただし、私は第1セッションの途中からドライビングモードをスポーツ+に切り替えていた。それは、スポーツ+のほうが後輪へのトルク配分が増え、電子制御ディファレンシャルギア“e-diff”のロック速度が高まることをあらかじめ知っていたからだ。

 いずれも、クルマをドリフトさせるうえで重要な設定であることはいうまでもない。つまり、私はサルディーニャで体験したオーバーステアを、ここ富士でなんとか再現しようとしていたのである。

 チャンスは、富士スピードウェイの最終セクションにある第13コーナーで訪れた。

 オーバーステアは、本来、後輪のグリップが抜け気味になる下り坂で起きやすいのに対し、第13コーナーは軽い上り坂。しかし、ここは逆バンクといって、コーナーの内側よりも外側が低い路面形状のため、走行ラインを選び、スロットルワークを工夫すると、オーバーステアを引き出しやすいことを私は経験的に知っていた。

 そしてそのとき、すべてがひとつにまとまった。コーナーの頂点付近から優しくスロットルペダルを踏み込んでいくと、サルディーニャのときとは違って、DBX707の後輪が滑らかに外側にスライドし始めたのである。このとき、私は主催者との約束を守ってスタビリティ・コントロールをオンにしていたが、テールのスライドする速度が穏やかだったせいか、スタビリティ・コントロールは介入することなく、私はそのままドリフト状態を維持。続いてカウンターステアをあてながらデリケートにスロットルペダルを調整すると、リアのグリップがスムーズに回復し、次のコーナーに向けて加速を開始したのである。

 この、瞬間的なオーバーステアではなく、ドライバーのコントロールを受け止めるとともに、その間も確実にクルマを前に進めるトラクション性能を発揮させる特性は、よくできたスーパースポーツカーに匹敵するもの。その意味で、DBX707はスーパーSUVの枠を越えたハンドリング性能を備えているといえる。

 もちろん、内外装のデザインはアストンマーティンらしくエレガントそのもので、押しつけがましいところは一切ない。引き続き乗り心地重視のドライバーには550ps仕様のDBXをお勧めするが、「それでは歯ごたえが足りない」という武闘派にはDBX707を強力に推薦しておこう。