文=細谷美香
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脚本はノーベル賞作家のカズオ・イシグロ
言わずと知れた黒澤明の名作『生きる』が、時を経てイギリスで再映画化された。脚本を手掛けたのは『日の名残り』などで知られるノーベル賞作家、カズオ・イシグロ。オリジナルと同じように舞台となるのは1950年代で、物語の展開とメッセージもほとんど変わらない。しかし映画から受ける印象は異なるという、見応えのあるリメイクとなっている。
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1953年のロンドン。寡黙な公務員のウィリアムズは毎日同じ電車に乗って通勤し、淡々と役所の市民課の仕事をこなしている。いつも書類は山積みになっていて、広場の環境の改善を求める女性たちの陳情も先送りするだけの、いわゆる“お役所仕事”。部下には窮屈がられ、ウィリアムズはどこか虚しさを感じる日々を送っていた。
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そんな中、ガンと診断され、余命半年の宣告が下される。ふらりと海辺の町へと行ってみるが、彼には人生の楽しみ方がわからない。しかし再会した元部下の若い女性、マーガレットの溌剌としたエネルギーに触れたことをきっかけに、ウィリアムズは生きることの意味を求めて、能動的な一歩を踏み出すことになるのだ。
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オリジナルよりも40分ほど短くなり、カズオ・イシグロの脚色は穏やかながらもまったく無駄がない。主人公が歌う『ゴンドラの唄』はスコットランド民謡の『ナナカマドの木』に。そしてウィリアムズの部下である若者の視点も織り込みながら、物語は穏やかながら確かな変化を感じさせる筆致で綴られていく。
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ウイリアムズを演じたのは、イギリスの名優、ビル・ナイ。濃厚な芝居で観客を引き込んだ志村喬とは違う抑制の効いたアプローチで、人生の最後に見つけた前向きな諦念のようなものを静かに体現している。今年のアカデミー賞では主演男優賞にノミネート。
『ラブ・アクチュアリー』や『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』など日本でも愛され続ける名作に出演してきた彼にとって、アカデミー賞へのノミネートは意外なことに本作が初めてのことになる。
授賞式にはシルバニアファミリーのウサギを持参したことが話題になり、その後のインタビューで「孫にベビーシッターを頼まれた」と明かすなど、チャーミングな人柄でも知られるビル・ナイ。カズオ・イシグロの脚色のみならず、彼の滋味あふれる芝居が、リメイクを成功に導いたことは間違いない。
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またマーガレットを演じたのは、監督が「彼女こそが太陽」だと称賛したエイミー・ルー・ウッド。Netflixの人気シリーズ『セックス・エデュケーション』で知られる彼女のみずみずしい存在感がこの映画に新鮮な風を吹き込み、古典的な世界を弾ませている。
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冒頭から映し出されるロンドンや郊外の街並み、人々のクラシカルなファッションもこの作品の魅力のひとつだろう。ウィリアムズのピンストライプのスーツや山高帽といったスタイルは、多くの人が思い描く英国紳士そのものだ。
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残された日々がわずかだと知ったとき、人間は一体何を求め、どう生きようとするのか。
死が迫ったことで生の尊さと意味を知る普遍的な物語は、時代を超えて観る者の胸に届く。