(藤澤 志穂子:昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員)
早逝した往年の仏俳優、ジェラール・フィリップ(Gerard Philipe、1922~59年、以下「GP」)を、生誕100周年を機に再評価しようという機運が高まっている。
きっかけは、末期がんが発覚し36歳の若さで急逝するまでの人生最後の4カ月からひもといた評伝『ジェラール・フィリップ 最後の冬』の刊行と、同名ドキュメンタリー映画の制作・公開だ。評伝はGPの娘婿である作家によるもので、身内だからこそ知り得た多くの資料や情報をもとに、忘却の彼方に消え去りかけていた名優の実像を引き出した。
GPは「元祖イケメン俳優」のイメージが強いが、実は舞台出身の実力派で、今も存続する俳優組合の委員長として、演劇界・舞台界の待遇改善に力を尽くした社会派でもあった。
生誕100周年の2022年、フランスではカンヌ映画祭やシネマテーク・フランセーズ(パリにある映画博物館)などで数々の関連イベントが開催された。日本でも旧作を連続上映する記念映画祭が企画され、2023年も全国を巡演中だ。
GPの娘婿が評伝を書いた理由
『ジェラール・フィリップ 最後の冬』は作家ジェローム・ガルサンが、GPの没後60年となる2019年に発表した。1959年夏に体調不良を訴え、末期の肝臓ガンと判明し、同年11月に死去するまでの4カ月間の出来事から、GPの人生を凝縮させて振り返っている。関係者の回想とGP本人の言葉や思いが走馬灯のように迫ってくる作品だ。
ジェローム・ガルサンは、GPの長女で女優・演出家のアンヌ・マリーの夫である。アンヌ・マリーはGPと5歳年上で民俗学者だった妻アンヌ(1917~90年)の間に生まれた。ガルサンはアンヌとも親しかった。同書は2020年に仏ドゥマゴ賞を受賞、2022年に邦訳が出版された(深田孝太朗訳、中央公論新社)。
邦訳を担当した深田氏によると、ガルサンはある作品の中でGPについて「自分の子供の友人たちがこの俳優のことを知らないか、知っていても国語の教科書に載せられた白黒写真しか思い出せない」と嘆き、満を持して評伝を発表した。深田氏は原文と本人の風格を最大限生かした翻訳に努めており、その訳文はチェーホフ訳で知られる名翻訳家、神西清をも思わせる。深田氏による解説や補足も充実している。
本書によると、GPは1950年代の仏映画界のアイコンとして周囲の期待に応えるべく、宣伝のため米国をはじめ海外を回り、1953(昭和28)年には日本も訪問。戦後初のフランス映画祭に招かれ大歓迎を受けている。