ディオールが全面協力

 原作はポール・ギャリコの小説『ハリスおばさんパリへ行く』。映画化に際してディオールが全面協力をしており、メゾンディオールの建物の設計図も提供しているという。

 忠実に再現されたメゾンでのファッションショーの場面は、華やかな見どころのひとつ。クリスチャン・ディオールがデザインしたものに加えて、『クルエラ』でアカデミー賞衣装デザイン賞を受賞したジェニー・ビーヴァンがディオールの美学に沿って作ったドレスも登場する。

「ミス・ディオール」と呼ばれたドレスからインスピレーションを得て生まれた「ビーナス」は、鮮やかなグリーンとデコルテを見せるデザインが実に美しい。ハリスにとってディオールのドレスはただのドレスではなく、人生の色々な場面で“透明人間”として扱われてきた自分をエンパワーメントするものだ。この映画は大事な役割を持つドレスと、それらが生まれる舞台裏をたっぷりと見せてくれる。

 ハリスを演じるのは、イギリスのベテラン女優、レスリー・マンヴィル。アカデミー賞助演女優賞にノミネートされた『ファントム・スレッド』ではオートクチュールの仕立て屋である気難しい弟を支える姉を演じていたことを思うと、芝居の幅の広さにあらためて驚かされる。

 とりわけ忘れがたいのは、クローゼットでドレスに出会ったときのうっとりとした表情。地に足がついたファンタジーともいうべき美徳を感じさせるこの作品を、マンヴィルがさらに豊かなものにしている。甘さも苦さもすべて糧にしながら、自分に嘘をつかず、ときめきに満ちた人生を。一年の終わりが近づく忙しないこの季節、ハリスからのメッセージを映画館で受け取ってみてはいかがだろうか。