ファンであるよりも大事なこと

 ID.4は、「ドライビング・ファン」よりも「イージー・ドライビング」な性能を重視したクルマであるように感じた。今後、たとえば、かつてのゴルフGTIや同R32のような機種が追加されることになれば、もっとドライビング・ファンを意識したクルマづくりがなされるかもしれないが、この「ID.4プロ」にかぎっていえば、運転エンスージアスト向きのクルマではない。

 しかし、そこに投入されたテクノロジーはよく考え抜かれていて、バッテリーEV黎明期のモデルとして、なによりもEVを日常使用の自動車として普及していくために必要なことを第一義的にかんがえてつくられた、という印象を強く受けた。その努力の成果は、「プロ」であれば500km以上、「ライト」でも300km以上の、実用的に「余裕で使える」航続距離の長さにあらわれている。ちなみに、「普通充電」(200V)と「急速充電」(CHAdeMO規格)の2種の充電機能を有し、前者の場合、バッテリー残量ゼロから満充電までに、6kWの充電器を使用して、「ライト」では約9時間、「プロ」では約13時間を要するいっぽう、後者の場合、バッテリー警告灯が点灯してから80%までの充電時間は、90kWの急速充電器を使用して、「ライト」および「プロ」のどちらも約40分を要するという。

 また、導入仕様の「ローンチ・エディション」には、VW、アウディ、ポルシェの3ブランドによる充電ネットワークである「プレミアム チャージング アライアンス」の年会費と、VW販売店での充電をひと月あたり60分まで、1年間無料で利用できる会員特典や、家庭に設置する普通充電器の設置費用10万円のサポート、そして残価設定ローンの特別残価設定といった特典も用意されているという。EV普及にかけた熱意には、かくも相当のものがある。

 電気自動車については、アクセルを踏むと瞬間的に大トルクが立ち上がって爆発的に加速する、と期待する向きが多いかもしれないけれど、ID.4は、2機種中の高性能版の「プロ」であっても、そういうクルマではない。204psの最高出力と310 Nmの最大トルクを誇るとはいえ、2140kgの車重をもってすれば、めくるめく加速性能を期待するほうがまちがっている。とはいえ、0-100km/h加速に要するタイムは8.5秒とされており、これは国産ハイブリッド車でいえば、三菱アウトランダーPHEVやホンダCR−Vなどとほぼ同等で、決してかったるいわけではない。というか、EVであればこそのゆたかな低速トルクの手応えは、実用車として十分以上の

ものがあり、「play」ペダルの踏み込み操作にたいするトルクの立ち上がりはEVらしく瞬時だし、加速のマナーも、クリームのようになめらかだ。ちなみに、最高速は160km/hに制限されている。

DモードとBモード

 トランスミッションは1速固定なので、ギアチェンジの息継ぎはむろんない。それが加速のなめらかさに寄与していることはいうまでもないが、ID.4の場合、通常ドライブのDモードのほかに回生ブレーキをきかせるBモードの2種の走行モードがあり、前者のモードでは、「play」ペダルを戻しても回生ブレーキがまったくきかない惰力走行になる仕組みになっている。ギア付きのICE(内燃機関)車の運転スタイルそのままに、軽いエンジン・ブレーキングによってフロントに荷重をのせて、フロント・タイヤのグリップを確かなものにしたうえでステアリングを切ってコーナーに進入しようとして「play」ペダルを全リフトしても、Dモードでは、それゆえ、荷重がフロントに移っていかない。そこで、Bモードにすると、期待するよりは弱いとはいえ、感覚的には0.2程度の減速Gが発生するので、フロントへの荷重移動がそれなりにスムーズにおこなわれて、コーナー進入時にほどよい態勢がつくれる。

 というようなことで、Dモードでは回生ブレーキが働かないことがわかってからは、首都高でも一般道でもBモードで運転したけれど、Dモード走行時にコーナー手前でフット・ブレーキを踏んだときも、ごく薄くしか踏まない場合は、期待したほどの減速Gが立ち上がらないと感じた。どうやら、一定程度のブレーキ踏力がくわわらないと、リア・アクスル側に配置されたモーターの回生ブレーキによって制動するだけで、油圧ブレーキ回路のスイッチは入らないようなのである。それもこれも、航続距離の最大限化のための一工夫とおもわれる。とはいえ、いまだ、EVの運転スタイルに慣れていない身としては、回生ブレーキの強さのレベルをすくなくともあと一段階上げたモードも欲しいし、回生モードの強弱を、ステアリング・パドルによってリズミカルに制御できるようにしてほしいとも、おもった次第である。

 いずれにせよ、Dモードにあるかぎり、「play」ペダルのわずかな踏み込みでも、あるいはペダルを戻したにしても、ともかくどんどん前へ進んでいくのがID.4の持ち味である。このクルマに投入されたテクノロジーのほとんどすべてが、0.28の抗力係数をふくめ、抵抗という抵抗のいっさいを受け流してスルスルと航続距離を延ばしていくことに捧げられている、と実感したのであった。

MEBというソリューション

 乗り心地は、路面の起伏などを率直に反映するタイプで、車重が2トン・オーバーのわりには、よくいえば重ったるくはないが、どっしりとした落ち着き感が強調されているというものでもない。とはいえ、ボディがしっかりしていること、それから、路面からの突き上げが伝えるショックの角が丸まっていることは言い添える必要があるし、もうひとつ、ドイツの実用車の常として、人も荷物もフル荷重のときに最善の性能を発揮するようにチューンされているから、ひとりやふたりで荷物もさしてない状態で乗ると、足が硬めに感じる嫌いがあることは付け加えておきたい。

 また、リア・アクスル側のモーターが後輪を駆動するレイアウトなので、前後重量配分は、47対53(車検証の重量での計算)といくぶん後輪寄りとはいえ、ほぼ均等で、フロントの回頭性はよい。といっても、鋭い切り込みを見せるという種類の過敏さはなく、加減速のマナーや直接的なショックの小さな乗り心地同様、ほどよいおだやかさをともなう。

 背は高くても重心を低め、安定感のある乗り心地の実現にひと役買っているバッテリー・モジュールは、堅牢なアルミニウム製のハウジングに格納されており、そのフロア・プレートには冷却水回路が組み込まれて、あらゆる状況でバッテリーを約25度の理想的な温度に保とうとするのだという。この熱管理システムはID.4の技術的ハイライトのひとつで、安定した高出力と急速充電時の充電時間の短縮およびバッテリーの長寿命化のカギになっている。結果、8年間または16万キロメートル走行のいずれかが先に到達した時点で、オリジナルの充電容量の70%を維持する、という積極的な保証が付与されている。

 その航続距離の長さという長所を別にすれば、おだやかで静かな、そしてひろびろとした移動空間を提供することが、ID.4の最大の美点のようにおもえる。電気自動車は、1世紀以上前のローナー・ポルシェ時代はさておき、いまだ新参の自動車である。フロント・ドライブがいいのかリア・ドライブがいいのか、あるいは4WDがいいのかといった駆動レイアウトの問題をふくめ、そのアーキテクチュアの根本をめぐっての試行錯誤の時期が、いまはじまったばかりなのだとおもう。そうしたなかで、世界最大級の自動車メーカーであるフォルクスワーゲンがいちはやく打ち出した「MEB」は、どんな駆動レイアウトにも対応できるものなので、ひとつの有力なソリューションであるとともに、ひとつのイニシアティヴだ。新時代の自動車の相貌は、このMEBをひとまずの基軸として、また、それをめぐって、これから徐々にかたちづくられていくことになるであろう。

 100年前の世界を変えたマシン・エイジを引っ張ったのは鉄とガソリンの自動車だった。それから100年後のデジタル・エイジにおいて、自動車は、エレクトリック・ヴィークルというかたちによって、ふたたび世界を変える牽引役となるのか? 答はまだ出ていない。