ワインインポーターとして知られる「mottox(モトックス)」が実は、日本酒の蔵元とともに『Craft Sake』という酒を造っていたことをご存知だろうか? しかもこれを輸出している。今回は、このCraft Sakeの片鱗を体験してきた。
ワインのプロの本気プロデュース
日本の輸入ワインの歴史はおおよそ1990年の数年前から始まっているけれど「モトックス」はそのころから日本での輸入ワインの歴史を支えてきた重要なワイン商であり輸入会社だ。とはいえ、会社の歴史でいうと1915年(大正4年)に原点があるという老舗。その歴史のなかで、海外の酒だけでなく、日本の酒とも深く付き合ってきた。
2019年。このモトックスに輸出部門が立ち上がり、日本の酒を世界にセールスし始めている。しかもこれが勢いを増しているというのだ。ビジネス的にはワインが9割。とはいえ「モトックスの日本の酒との仕事をもっと知ってほしい」と、このほど説明会が開催された。
その説明会に参加してみて感じたのは、ビジネスの規模の大小は別として、取り組みの姿勢は完全に本気だ、ということ。その象徴ともいえるのが「Craft Sake」という、一般的な蔵元が造る日本酒(ほか日本の酒)とは違う「ワイン的発想の日本の酒」を蔵元とともに造っていること。
そもそも、この「Craft Sake」という名前が、モトックスの商標だ。スタートは、2014年に発売した『伊乎乃 純米吟醸』(高の井酒造、新潟県)から。
Craft Sakeは商品の味にかかわる部分だけでなく、パッケージデザイン、販路に至るまで、戦略的にモトックスが関わっている。モトックスはワイン関連の酒販店で全国1万口、業務店で全国3万口というセールスのルートを持っていて、先述のように、いまは輸出もしている。ここに乗せやすい商品を造り、実際に乗せる。これがCraft Sakeのあらましで、これがワイン畑にいる筆者からすると面白かった。
Craft Sakeの実例
具体的な話をしよう。
HPにあるように(https://www.mottox.co.jp/catalog/craft-sake/)、Craft Sakeは現在97商品ある。説明会ではこのうち35商品がピックアップされていたのだけれど、さらにいくつか分かりやすい例を選びたい。たとえば『りんごぽむぽむ』。造り手は青森県の「八戸酒類株式会社五戸工場」
こちら、飲んでみると、本当にリンゴのような味と香りがする。青森だから? 実際にリンゴが使われているわけではなく、これは日本酒。リンゴの風味は、おもに酵母と醸造方法によるものだ。アルコール度数は7%で、重たくなく、すいすい飲める。ベースとなる商品『林檎王国』という酒が地元で愛されていたそうで、これにモトックスが目をつけてアプローチ。共同開発がスタートしたという。
開発にあたっては酸味をよりハッキリと打ち出し、リンゴ感を強調。パッケージデザインを一新し、全国展開とあいなった。発売から1年ほど。これまでの2~3倍の販売規模となり、中国でも売れているという。かわいいパッケージはインスタでも人気だ。
スパークリングワインとは違う、アペリティフとしてもよさそうだ。
『つぎのみどり』(秋田県 有限会社奥田酒造店)という酒はポルトガルの「緑のワイン」こと「ヴィーニョ・ヴェルデ」からインスピレーションをえている。これは、多くのヴィーニョ・ヴェルデの特徴である低アルコール、微炭酸、という形式的要素を日本酒に反映しているわけではなく、蔵の代表銘柄『千代緑』のキャラクターを受け継ぎながら、酸味を強調し、全体的に軽快感を出すことで、よりワイン的なフードフレンドリーなキャラクターの日本酒としていて、結果的にその総合的印象がヴィーニョ・ヴェルデと相通じる、とそんな具合だ。飲んでみると実際、米の醸造酒ならではのどしっと腰の座った雰囲気よりも、ふわっと軽快。日本の踊りとバレエの差みたいだ。アルコール度数は16.5%とワインであれば濃厚な赤ワインを超えるほど。にも関わらずアルコール度数10%を下回る白ワイン、ヴィーニョ・ヴェルデ的雰囲気があるのだから驚く。
この『つぎのみどり』、酵母は蔵付きの「MS3」を使っているという。このMS3というのは、奥田酒造店の奥田社長とその家族のイニシャルをとって命名したものなのだそうだ。そして、ラベルは、この「M」と3つの「S」を図案で表現している。ヴィーニョ・ヴェルデは、ラベルのルックスがモダンアートっぽくオシャレなワインが多く「ジャケ買い」しても、ハズレを引きづらい、というのも特徴だとおもうけれど、その雰囲気も出ている。
こういった開発にまつわるストーリーや裏話が、モトックスのサイトできっちり説明されているところも、Craft Sakeの特徴だ。
https://www.mottox.co.jp/producer/craft-sake/001929
ワイン好きにとってはこういう、産地や造り手の独自のストーリーが、テロワールなどという言葉で表現されることもあって、酒が面白くなるポイント。日本酒でも、そこをアピールしよう、というのが、ワインのプロならではの発想だ。
このほかにも岡山県の酒米としてファンがいる「備前雄町米」をフィーチャーした日本酒(https://www.mottox.co.jp/catalog/craft-sake/190631)、熟成を強調した酒(https://www.mottox.co.jp/catalog/craft-sake/147593)などを説明会では味わうことができた。これはワインでいえば、ブドウ品種、ヴィンテージに当たる面白さ。どれどれ?とその表現に興味が湧くし、実際に飲んでみると、このあたりが米の品種の影響かな? これが熟成感かな? と考えるのも楽しい。
長くなってしまうので、最後にするけれど、ワイン好きにぜひ体験してもらいたいのが『ハレギ』という日本酒。山形県の「鯉川酒造株式会社」が造るものと、 宮城県「株式会社田中酒造店」が造るものがあり、今回、テイスティングできたのは後者。正式名称を『ハレギ 鶴 ワイン樽熟成 生酛特別純米』という。
この日本酒は南仏の「ドメーヌ・ポール・マス」社が2年間使用したオーク樽を使って熟成させている。今回試飲した『ハレギ 鶴 ワイン樽熟成 生酛特別純米』は、すでに日本に来てからハレギ用に2年使用された樽で熟成させたもの、ということなのだけれど、おどろくほどシャルドネっぽかった。公式には「樽熟成のシャブリグラン・クリュを彷彿とさせる味わい」とあって「さすがにそれは言い過ぎだろう。もう何年もワイン業界の末席を汚してきた筆者は騙されないぞ」と心して試飲に望んだのだけれど、香りの時点から「あれ、これシャルドネ?」と感じ、飲んでみると、かつて訪れたブルゴーニュの風景が浮かんだ……実際は日本酒だし、樽は南仏から来ているというのを知ってから飲んだだけに、まんまとしてやられているのが悔しくもある。
その他、Craft Sakeをざっとテイスティングしてみて、ワインと付き合ってきた身の上からいうと「これならいいな」とおもう。ワインのことは多少わかっても、日本酒になると、とたんに、どれを選んだらいいのか、わからなくなる。しかし、Craft Sakeなら、ワインとほとんど同じ感覚で、生活に日本酒を組み込めるし、複数人で飲むなら、ワインと日本酒を両方あけても、それぞれを楽しめる。迷子にならない。
それから、ワインと比べたときに価格が安いのも日本酒の魅力だとあらためておもった。もちろん、いくらワイン的といっても違うジャンルの酒だから、まったく同じようには比較できないけれど、とはいえ「これだけの品質の醸造酒がこの値段で飲めるのか……」というのはワイン好きからしたら、かなりのバリューフォーマネーな体験だとおもう。
これだけ気軽に始められて、日本に住んでいるのだから、これをスルーするのは損だ。