3:エレガントな見た目からは想像できないほど本物のダイバーズ
「1977年当時のことを知っているわけではないですが、オリジナルのチャレンジダイバーはおそらく、防水時計へのチャレンジの一環として誕生したのだとおもいます。当時はまだISOのダイバーズ規格も制定されていなかったんです。今回、これをプロマスターとしてシンカさせるにあたりISO規格対応になっています。プロマスターのダイバーズは、すべてISO準拠のダイバーズウォッチですからね。」
ISO準拠のダイバーズウオッチというのは、命がけの潜水活動の現場でも信頼できる時計の条件を定めた国際規格「ISO6425ダイバーズウオッチ」に合致した時計のこと。一方向にしか回転しないベゼルや、インデックスへの夜光塗料の塗布は、そもそもは光の届かない水中や、意識が完全にクリアでない状況でも経過時間を把握できるようにするためのもの。時計が過酷な環境でも確実に動作しつづけるように、防水性だけではなく、耐磁性能、耐衝撃性能、引っ張られても外れてしまわないか、などさまざまなテストをクリアする必要がある。
「昔からある規格ですが、改定もされていて、その都度その都度、すべての商品でISO対応しているのはシチズンくらいではないか、とおもっています。また、ISOには解釈が難しい部分もありまして、そこは問い合わせをすることもあります。たとえば、これまで回転ベゼル全周に入れていた切り分(1分ごとの目盛り)は実は必須ではない、と気づいたのは最近で、今回のデザインでは一部しか切り分を入れていないんですよ。」
そもそも水中などの暗闇ではベゼルに何か書いてあっても見えないですもんね、と照れくさそうに言ったあと
「このほうがよりシンプルな印象になって、この時計には似合うとおもうんです。一方、ダイビングでは何分経ったかの情報は命に関わりますから分針の視認性は重要度が高い。そこで、暗闇でも時針と分針の区別がつきやすいように、時針の根元には夜光塗料を塗布していないんです。」
このテクニックは殿堀さんが以前から使っているもの。
「なにより一番重要なのは視認性です。いかなる時にも確実に潜水時間がわかること。どんなにいいデザインでも視認性が低ければ、ダイバーズウォッチとしては採用しません。」
視界の隅にちょっと入るだけでも、時刻がわかるのがダイバーズウォッチ。僕は暗闇で意識が朦朧としているなか時計を見る状況に陥ったことはないけれど、インタビュー時に取材対象に気取られることなくペース配分できる、というのは大変、役に立つダイバーズウォッチの機能だ。
しかもこの時計、そうやってナナメからちらっと見た時がステキだ。なだらかに盛り上がっていくベゼルの先の風防のフチのところが幅広くぐるっと一周カットされていて、平面でありながら丸みを帯びた印象を与えてくれているうえに、角度によってインデックスの外周部が二重に見えるのだ。これまた、70年代、80年代のダイバーズウォッチっぽい!
「これはチャレンジダイバーから継承した要素ですね。今回はこういうところで見た目の印象を変えたくなかったんです。」
「一方、風防面はベゼルから200ミクロン程度下げています。こうすることで、障害物等に接触した際、風防より先にベゼルがぶつかり、風防へのダメージの低減が期待できます。」
ISO対応って時計にとっては過酷なテストなんですよ、と杵鞭さんが補足する。
「高水圧の環境に置く時計と耐衝撃試験を受ける時計を別々に用意するのではなく、一つの時計が全項目をクリアできる必要があるんです。量産して確実に動作させるためには、試作時にもある程度の数を生産して、テストします。ハンマーに叩かれて動作がおかしくならないか、そして衝撃に耐えたあと、水圧をかけて防水性を確認。衝撃にも水圧にも耐えても、そのあと引っ張ったらバンドのピンがはずれてしまったりすると……それは結局、商品化できないんです。」
それはデザイン上もかなりの制約がありそうだし、そもそもプレッシャーが大きそうだ。ダイバーズウォッチのベテラン殿堀さんにかかれば、スイスイといけるものなのか。
「独自規格でダイバーズウォッチを造るメーカーもありますがシチズンではプロマスター ダイバーズはISO対応がマストですからね……正直、毎回、まったく楽ではないです。ただ、ダイバーズウォッチは特に好きな時計なので、苦労も、結局、楽しいんです。私がデザインする時計は、自分でも欲しい時計です。結構な数の自分がデザインした時計を買っていて、日常的に使っています。」
お金があったら色違いも含めて全部欲しいんです、と笑ってから
「たとえば今回も、タフにするためにりゅうずにガードをつけたり、4時位置に持っていったりという手もあったとおもいます。3時位置でガードなしにしたのは、もちろんそのほうがチャレンジダイバーの意匠に近いという理由もありますが、このバランスなら装着感がいい、という、自分がデザインした時計を日常的に身につけていることでわかる使用感上の理由もあるんです。」
オリジナルデザインをキープしているウレタンバンドも、当然、新たに造り起こされたものであり、デザインでも使用感でも、せっかくの時計の良さをスポイルするようなものではないことを言い添えたい。
メタルバンドのものだと10万円を越えてくるけれど、ウレタンバンドだと96,800円(税込)という価格になるのも魅力的だ。ダイバーズウォッチはドレスウォッチではない。いくらタフでも使用をためらうような価格は「らしくない」。
「JIS第二種耐磁という耐磁性能の高さなどのスペックから考えても、これはお買い得だと私もおもうんです。」
と杵鞭さんも賛同してくれた。
「とはいえ、このサイズ感、テイストで、世界的にOKなのかはちょっと心配でした。」
昭和日本のダイバーズウォッチっぽいから?
「プロマスターは海外人気がとても高い時計でもあるんです。そしてこれまでの経験から、力強いデザインがウケるとおもっていました。今回は、かなり小ぶりで華奢ですから……ところが、発表してみたら、こういうのを待っていた、という声をいくつもいただいて、海外からも注目度が高いんです。これで行ける、という感触が掴めたことは、今後の幅が広がりますね。」
発売は8月中旬以降になる見込み。定番化を見据えた商品だから限定品などではないけれど、この時計を出してくれたシチズンへの賛成票を早めに投じておきたい。