一本(750ml)1万円以上のビール。それがいったいどんなものか、想像がつくだろうか?アルコール度数は17%、バーボンバレルで熟成。ビールでそんなことができるのか?伊勢から世界一のビールを造るブルワリー「伊勢角屋麦酒」の鈴木成宗氏に聞いた。
アイスボックビール『DIGNITY』(ディグニティー)とは ?
──この『DIGNITY』というビールは凍らせているんですね……
鈴木成宗氏(以下 鈴木)基本的に、ビールは凍らせてはいけないものです。が、20年くらい前、一度、試しにビールを凍らせたことがあるんです。それはタッパーに入れたビールを業務用冷凍庫で冷やした、というだけの簡単なものですが、そうしたら、アルコール度数と粘性が高い液体ができました。
──それは美味しいんですか?
鈴木 飲んでみたらすごいうまい!
「ウイスキーよりうまいぞ、可能性があるぞ!」とはおもっていたのですが、商品にしようとするとハードルが高くて、見送っていたんです。
──今回の発表からすると、値段がすごく高くなる、ということですか?
鈴木 原価がとんでもなく高いものになるのは間違いなくて、造ったとしてどの市場に売るのか? というのは問題でした。
そして、そもそも、ビールが凍る温度まで下げられる装置もありません。ただ冷たくなればいいというものでもなくて、繊細な温度管理が必要ですからなおさらです。まずは、これをつくらないといけない。
また、国税庁(酒は酒税の関係で国税庁が担当である)にこれがビールだと認めてもらわないといけない、という課題もありました。
これらの理由で見送っていたのですが、今回、お世話になっている「CRAFTX」さんからクラウドファンディングの話をもらって、それなら理想的な商品ではないか? とおもったんです。
──「アイスボックビール」というカテゴリーだそうですが、こういうビールが世界にはある、ということなのでしょうか?
鈴木 ドイツでビールが凍っちゃってできた「アイスボック」というのがあるという話こそ聞いていたのですが、飲んだことはありません。ドイツのビールに詳しい人でも知らないんじゃないかな? 歩留まりが悪すぎるので、これをわざわざやる人はいないとおもいます。うちでは、装置の熱効率を改善したときに、改善がうまくいき過ぎて一時的にビールが凍ったことがありましたが……この時も、2%くらいアルコール度数があがっていましたね。
──ビールのアルコール度数は一般的には5%程度ですよね。ワインが高くて15%くらい。ワインよりやや高い日本酒も普通は15%程度。『DIGNITY』は17%とのことですが、そもそもなぜ、そこまで上がるのでしょうか?
鈴木 ビールの場合、醸造でもっていけるのは11%くらいまでだとおもいます。
──そんなに出るんですか?
鈴木『DIGNITY』に際して凍らせたビールは「バーレーワイン」(麦のワイン)という種類です。これ自体、珍しいスタイルのビールで、アルコール度数は8から12%くらい出ます。
──それを凍らせることでアルコール度数がさらに上がる?
鈴木 ゆっくり凍らせていくと、先に水だけ凍ります。その水を取り除く、という造り方です。
──蒸留に近いと言えば近いのでしょうか……
鈴木 蒸留の逆ですね。蒸留はアルコールだけを集めますが、アイスボックの場合、取り除くのは水だけ。アルコールはもちろん、苦味、甘み、ボディ……全てが濃縮されます。もし、一般的なビール「ピルスナー」でやったら、とてつもなく苦くなるとおもいますよ。バーレーワインをベースにしたのは濃くなることを想定して、でもあります。
──さらに樽熟成させていますよね?
鈴木 凍らせるだけでもそれなりに面白いものは出来るのですが、ここまで行くと、熟成させないとやっぱり味が荒っぽいんです。熟成をさせたほうが、丸みを帯びて、分厚いものになります。確実によくなるのだからやらない手はない。
──しかしそうなると樽も用意する必要がある……
鈴木 ここまでやるなら、最高のところまでやろうとおもいました。バレルはバーボンに使われていたものです。バーボンの香りをビールにつけて、基本的には一回で使い切りのつもりです。天使の取り分(樽の中で熟成中の酒が蒸発してしまう分)もありますから、原価はさらにあがります。この価格でやっても、研究開発費、設備投資なども含めれば、採算がとれているのかはわかりません。
──それだけ投資したということは今後も、こういったビールを世に出す可能性があるのでしょうか?
鈴木 得たものを今後に活かしていきたいとは考えています。
ただ、私たちはこれをやることで、姿勢を示したかったんです。うちがお客様にお約束していることは、自分たちが納得しているビールしか売らない、ということ。つまり世界最高峰の評価を得られるものしか売らない。2位じゃ意味がない。というのが伊勢角屋麦酒の変わらぬ姿勢です。
そのうえで、もうひとつ、ビールの限界を広げて、ビールを面白くすることを続けていきたい。今回は、このふたつの姿勢を形にできる稀有なチャンスだったわけです。