日本のビールはモノトーンだ

──日本でビールというと、大手メーカーのビールがやはり頭に浮かびます。

鈴木 日本でビールというと、ほぼ、ピルスナー1種類です。日本は1つのスタイルのビールを磨き込んできた、という意味では珍しい文化ですね。世界的にはビールは1万年前くらいからあって、あらゆる風土、文化、食生活によって影響を受け、現在も100を超えるスタイルがあります。

アメリカの大きなスーパーなどには、ビールだけで500種類くらい商品があって、ソムリエに相当するような担当者がいることもあります。それと比べると、日本のビールはモノトーンです。

──それを変えていきたい?

鈴木 伊勢角屋麦酒を創業したときには、そこまで考えていたわけでもないんです。

微生物が子供の頃から好きで、大学でも研究していました。私がいた研究室は世界レベルの研究もしているところでしたから刺激的な日々だったんです。そのまま研究室に残りたかった。ただ、家業を継ぐために、伊勢に帰ったんです。そうしたら、世界が狭い! 朝、餅をつくって、それをそこで売って、半径20mで一日が終わる。

1994年の酒税法改正で、地ビールが造れるようになったときに「これで世界と関われる! 酵母と遊べる!」とおもったのが創業のきっかけです。

──家業とおっしゃるのは、伝統ある「二軒茶屋餅角屋本店」ですよね。

鈴木 そうです。餅屋の倅がビールをはじめた、というのと、1997年というのは地ビールブームのまっただなかで、伊勢角屋麦酒は全国でも早い創業だったこともあって話題になりました。特にここは伊勢。歴史的に言っても、日本の精神的中心、といっていいような場所です。「伊勢のビール」と言われたことで、これはいい加減なものではダメだ、とすぐに考え直したんです。伊勢のものであるからには、日本を代表し、世界に通じるものでなくてはならない、と。

幸い、ビールはワインのように農業と一対一の関係にはありません。モルトもホップも、保存がきく穀物。品質を変えずに移送できます。製造技術と設備さえあれば、世界中どこでもビール造りはできるんです。いろいろな挑戦ができ、土地による優劣はなしに戦える。伊勢から、世界一のビールも造れるわけです。

型破りな世界一への道

──具体的にはどうしたのでしょうか?

鈴木 自分たちで「世界に通じる」とか言ってても、客観性がなくて、意味がないですよね(笑)。だからといって出荷量で世界一にはなれない。

それで品質を決めるコンペティションで5年以内に評価を受けると決めたんです。

「よーいどん」からですから、闇雲にやっても、何十年、何百年と歴史があるビールメーカーには追いつけません。

それでじゃあ、自分がコンペティションの審査員になったら早いとおもったんです。創業した年に、国際審査員資格をとって審査員をやりはじめました。

世界でも大きな大会の審査員をしていると「こういうビールが世界のコンペティションでは評価されるんだな」「こういったものはダメなんだな」とわかってきますので、その知見を自社に持ち帰って、あとはいかに、PDCAサイクルを効率よく回すか、です。

できてきたビールに対して、これで本当に世界一なのか、毎回、チェックして、評価をして、改善をする、という作業を愚直に繰り返しました。

──2003年にオーストラリアのインターナショナル・ビア・アワードで、日本企業初となる金賞を受賞していますね。

鈴木 ビールには山がいっぱいあるんです。ほかの醸造物、ワインや清酒、味噌や醤油は、これがいいもの、というスタイルが、ビールと比べると少ないとおもいます。少数の山の頂を、たくさんの造り手が目指している状態です。
 
一方、ビールは先程も話したように、世界中にさまざまなスタイルがあります。そしてスタイルの違うもの同士を比べても、あまり意味がないんです。だから、山がたくさんある。私たちはそれぞれのスタイルの中で頂点に立ってきたんです。 

──最近ではビール界のオスカー賞と言われる英国IBA(International Brewing Awards)で日本初3大会連続でゴールドメダルを受賞、というのがニュースになっています。

鈴木 いま、うちの若いのがイギリスに行っていますよ。

──こう聞くと、伊勢角屋麦酒は創業から話題を集め、鈴木さんの戦略も鋭く、順風満帆と感じます。

鈴木 いやいや! 創業して5、6年は食えなかった。最初の2、3年は、私、給料とってなかったですから。妻と私の貯金で食いつないだんです。東京に行くのも、夜行バスで、安い宿をとって……「ガソリン満タン」って言うのが夢でした(笑)。

──ご苦労されているんですね。途中でやめようとはおもわなかったのですか?

鈴木 人を雇用して、その人生を背負って、やめられないところまで足を突っ込んでいましたから、そんな発想はありませんよ。それに苦労じゃないです。勝手にやっていることですから。

──今年は創業25周年ですね。

鈴木 クォーター周年祭をやりますので、多くの方が来てくださるとおもっています。そして、私は地元の樹の樹液から 野生酵母の単離に成功して博士号を取得しているのですが、伊勢以外でも酵母に対する取り組みや、特殊な酵母、ビールで使われていなかった素材から造られたビールの商品化は常にやっていますし、これからも積極的にやっていきます。

伊勢角屋麦酒の代表作『PALE ALE』(左)と鈴木さんが伊勢市内で採取した野生酵母で仕込んだベルジャン・ホワイトエール『HIME WHITE』(右)