厄除けの聖地
北野は平安京の北西の角である天門という方位にある。天門は、陰陽道で怨霊や魑魅魍魎が出入りする忌むべき場所とされ、そこを鎮めることにより、逆に運気が上昇すると信じられている。道真の怨霊を鎮めるためにここに祀ったのは、もともとそうした場所だったためで、北野天満宮が建立される以前から、この場所には天神地祇を祀る地主社と火之御子社があった。この二つは、現在も摂社として境内に存続している。
天神地祇とは天と地のすべての神々のことで、それを祀るということは、ここが、祓い清めるべきもっとも大切な場所であるという意味だ。また、火之御子社は雷除けに霊験あらたかとされる。雷は、当時の人々にとって天の神の怒りがそのまま地上に落ちて来るものと認識され、もっとも恐れられていた現象のひとつだった。
ここで、菅原道真の怨霊が御所に雷を落としたという話も思い出される。雷を除けることは、災厄を避けることにつながる。つまり北野は、怨霊や魑魅魍魎を鎮め、祓い清めることによって災厄を避ける場所、つまり厄除けの聖地だったのだ。
さらに、もうひとつ付け加えておくことがある。雷は災厄であるが、一方では、恵みの雨の象徴でもある。雨が降らなければ作物は育たない。そのため火之御子社には農耕の神を祀るという意味もあった。こうした要素をすべて吸収し、いつしか菅原道真は、雷の神=農耕の神としても信仰されるようになった。このような経緯で、道真を祀る北野天満宮のご神徳は、学業、合格のみならず、厄除け、農耕、芸能など、たいへん幅広いものとなったのである。
北野天満宮は歴史的に見てもひじょうに興味深いのだが、観光的な観点でも見どころが多い。桃山文化の粋を伝える国宝の拝殿。その左手には、道真がこよなく愛した梅の木がある。梅園では1500本もの各種梅の木が育てられ、毎年2月25日の梅花祭には、近隣の花街、上七軒の芸妓さんと舞妓さんたちが野点の接待をしてくれる。
また、社殿に向かって左手には、豊臣秀吉が洛中洛外の境界及び水防のために築いた土塁「御土居」の一部が史跡として残されている。ここは近年、もみじの名所として人気が高い。
境内に点在する「天神さんの七不思議」を探すのも楽しい。「影向松」、「筋違いの本殿」、「星欠けの三光門」など、この神社の奥深い歴史を物語る不思議の数々。中でも特に面白いのは「大黒様の燈籠」だ。石燈籠の台座に大黒様の像が彫られており、口の部分に小石を乗せて転がり落ちなかったら、その石を財布に入れておくとお金に困らないとか。また、石が落ちなければ試験にも落ちないとも言われる。わたしも何度かやってみたが、これが意外に難しい。なるべく小さい石を探して、そうっと置くのがコツ。ぜひ一度お試しあれ。