小平奈緒「人よりスローな競技人生」4度目の五輪への挑戦(第1回)
文=松原孝臣
わずか1枠の戦い
得点が表示される。そして順位が決まった。その瞬間、2人は抱き合い、涙があふれた――。
2021年12月25日、フィギュアスケートの全日本選手権アイスダンスで優勝を決め、そののちに北京五輪代表に選出された小松原美里と小松原尊には、たくさんの感慨があった。
今シーズン、苦しい時間を過ごしてきた。
昨シーズン、アイスダンスの世界にデビューした村元哉中・髙橋大輔が急速な成長を見せた。
代表はわずか1枠。代表選考を巡って重要な場と位置付けられたのは両組がそろって出場するNHK杯だったが、村元・髙橋に7・30点差をつけられ、順位で下回った。美里の肘の怪我の影響もあり、ワルシャワ杯は欠場を決めたが、その大会で村元・髙橋が日本最高得点をマークし2位の好成績を残した。さらにコロナの影響からか、拠点とするカナダにも戻れなかった。
こうして迎えた全日本選手権は、もう後がない舞台だった。大会へ向けて、細部にわたるまで、やるべきことをやって少しでも向上を、と誓った。女優の夏木マリに『SAYURI』のナレーションを依頼し、歌舞伎役者の片岡孝太郎に演技指導を仰いだ。
2人は紫の新たな衣装で氷上に立った。曲が始まる。スピンやリフトを決めると、ステップ、ツイズルでプログラムの世界を表現していく。
得点は178・17点。非公認ながら、自己最高得点をマーク。2人は客席に上がると、観戦に訪れていた夏木と片岡に感謝を表した。
試合を終えて、尊は語った。
「今日までの努力とか絶望とかよかった部分とか、いっぱいあります。でも、美里が一緒だったから乗り越えられる強さもついたかなと思います」
長い道のり
今シーズンだけではない、2人は長い道のりを進み、今日まで歩んできた。
9歳でスケートを始めた美里がアイスダンスに転向したのは15歳のとき。イタリアの選手とともに同国の所属で活動するなどしたのちに出会ったのが、帰化する前の尊(ティム・コレト)だった。