あのガイ・リッチーが、英国紳士の今を笑い飛ばす! 最新作『ジェントルメン』の楽しみ方を、服飾史家の中野香織氏が教えます。
文=中野香織
ガイ・リッチー、会心のブラックコメディ
ガイ・リッチー監督の『ジェントルメン』(2020)は、ロンドンとその周辺を舞台に、一癖も二癖もある「紳士」たちがだまし合いの抗争を繰り広げるクリミナル・ブラックコメディである。
一代でマリファナ王にのしあがったアメリカ人が引退しようとしたことで、巨額の麻薬ビジネスを有利に継承すべく、ユダヤ人の大富豪、中国マフィア、ロシアンマフィア、ストリートギャング、私立探偵、タブロイド紙編集長らが入り乱れ、マフィア王の妻やストリートギャングの親玉がからんで、誰が最後に笑うのか、いや誰も生き残らないのではないかという血まみれの駆け引きやどんでん返しが展開していく。
ガイ・リッチー印全開の饒舌な語り口もさることながら、イギリスの階級に紐づいた現代的なメンズファッションも見ごたえがある。リッチーはファッションにもこだわりが強く、本作でも各人物の服装を立場に応じて細かく着分けさせている。衣装デザイナーは、マイケル・ウィルキンソン。『アメリカン・ハッスル』(2013)でオスカーにノミネートされており、ガイ・リッチーと組んだ『アラジン』(2019)ではサターン賞を受賞している。
細部にまでこだわった、現代の英国紳士スタイル
ロンドンで成功した成り上がりのアメリカ人麻薬王、ミッキー(マシュー・マコノヒー)が着るのが、クラシックな英国テイラリングによる上質な英国紳士スタイルである。ウール、カシミア、シルクが多用され、ウィンドウペーン、プリンス・オブ・ウェールズ・チェックなど英国的な柄が印象的に使われている。ただ、深い赤の重ね着をはじめ、イギリスの伝統にはあまり見られない色使いや細部が時折、出てくることで、<英国上流紳士世界に憧れている、外の人>感をさりげなく伝えている。
ミッキーの片腕、レイ(チャーリー・フナム)は、実務家の英国紳士らしいスタイル。テイラードウェアにバブアーのコート、ニットタイやツイードベスト、シグネットリングをつけて靴は上等なカスタムメイド、というあたりにリアリティがある。