文=中野香織

北海道・池田町にある羊牧場「ボーヤファーム」にて。約800頭の羊が広大な大自然のもとで育てられ、良質な羊肉を日本全国に届けている

 企業の社会的責任、というテーマのもとに語るには、このプロジェクトはロマンティックすぎるかもしれない。

 尾州こと愛知県尾張一宮にある毛織物の老舗、「中外国島」(11月6日より「国島」と改名)の社長、伊藤核太郎さんが始めた、日本の牧羊業を救う一大プロジェクトのことである。

 その名は、J SHEPERDS(ジェイ・シェパーズ)。

 日本各地の牧場から買い取った純国産の羊毛だけを使って生地を生産し、製品販売までをおこなうプロジェクトである。

 J SHEPERDSプロジェクトの過程で最も困難な仕事となるのが原毛の調達である。この点については、他の専門家たちと組んでサブ・プロジェクトを進める。それを、ジャパン・ウール・プロジェクトと名付けた。各牧場で原料管理の知識を広め、原毛を調達しやすくする活動を含む。

 最終的なゴールは、日本の牧羊業のすばらしさを伝え、個性的な羊飼いや羊がいる日本の風景を守りぬくこと。牧羊業の現状を知るにつけ、なんと壮大でロマンティックなゴールなのかと感じ入る。

北海道恵庭市で約1000頭の羊を育てる日本最大級の牧場「えこりん村」。キャンプやレストランなども楽しめるテーマパークとしても有名なこちらには、週末はたくさんの観光客が押し寄せる

羊飼いのロマンを生地に託して

 始まりは、2018年である。伊藤さんが北海道内の牧場を訪問した時に会った羊飼い、松山農場の柳生佳樹さんがぼそっとつぶやいた。

 「羊は、もうからない。でも、北海道の草原には、羊がいちばん似合う。」

 緑が広がる北海道の草原には、白い雲のもとでも赤い夕陽のもとでも、羊はしっくりと美しくとけこむ。乳も肉も毛もまるごと活用できる羊は、北海道の原風景の一部なのだ。羊飼いたちは、牧羊業はもうからない、とぼやきながらも、羊と、羊のいる北海道にほれ込んでいる。自分たちも羊と同様、北海道の自然の一部なのだからという諦念に似た覚悟があるのかもしれない。だから、もうからなくても牧羊業をやめない。

 こんな愛しい羊飼いたちを守りたい。日本の牧羊業がもうかる仕組みを作りたい。日本にこんなにすばらしい羊毛を作っている人たちがいることを、伝えたい。自分の仕事ならば、商品を通じてそのすばらしさを消費者に伝えられるはずだ。伊藤さんの心に火がついて、プロジェクトが始まった。

北海道・美深町の仁宇布(ニウプ)地区にある「松山農場」。羊肉やそのミルクを使った乳製品のほか、じゃがいもや蕎麦などの栽培も手がけている